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De Profundis clamavi    
  Lyrische Suite
深き淵より  
     抒情組曲

詩: ゲオルゲ (Stefan Anton George,1868-1933) ドイツ
      De Profundis clamavi 原詩: Charles Baudelaire ボードレール,Les Fleurs du Mal

曲: ベルク (Alban Maria Johannes Berg,1885-1935) オーストリア   歌詞言語: ドイツ語


Zu dir,du einzig Teure,dringt mein Schrei
Aus tiefster Schlucht,darin mein Herz gefallen.
Dort ist die Gegend tot,die luft wie Blei.
Und in dem Finstern fluch und schrecken wallen.

Sechs Monde steht die Sonne ohne warm.
In sechsen lagert das Dunkel auf der Erde.
Sogar nicht das Polarland ist so arm.
Nicht einmal Bach und Baum noch Feld noch Herde.

Erreicht doch keine schreckgeburt des Hirnes
Das kalte Grausen dieses Eis-Gestirnes
Und dieser nacht o ein Chaos riesengross !

Ich neide des gemeinsten Tieres los
Das tauchen kann in stumpfen Schlafes Schwindel...
So langsam rollt sich ab der Zeiten Spindel!

お前に、私の唯一かけがえないお前に、わが叫びを上げる
私の心が落ち込んでしまった深き淵より
ここでは大地は死に、大気は鉛のようだ
そして暗闇の中をさまようのは呪いと恐怖

6ヶ月もの間太陽は温かみなく昇り続け
残りの6ヶ月は大地は闇に閉ざされる
極地といえどもこれほど荒涼とはしていないだろう
小川も 木も 野原も 生き物の群れもない

いかなる頭脳もこれほど恐ろしい情景は思い描けないだろう
この氷の星の冷たい恐怖ほどの
そしてこの巨大な混沌の夜ほどの!

私には下等な動物たちが羨ましい
無感覚な眠りのまどろみに浸ることのできる者たちが
それほどゆっくりと時の紡ぎ車はここでは回っているのだ!


ベルクの12音技法による傑作として良く知られた弦楽4重奏による「抒情組曲」(1926年)、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」などの引用があり、愛がテーマであることは古くから指摘されてきたようですが、ベルク未亡人の死後1977年に作曲者の手稿譜が発見され、その第6楽章にこのゲオルゲが訳したボードレールの「悪の華」の1篇が書きこまれていました。
この詩自体には「愛」という言葉はありませんが、古くから愛する人がそばにいないことによる底知れない孤独と寂寞感を訴えているものと解釈されているものです。
実はこの曲の作曲の前年の1925年、ベルクはプラハでハンナ・フックス=ロベッティンという人妻と出合い、ひそかに愛し合う仲となっていました。この遂げられない愛がこの曲の主題だったのです。音列にも二人のイニシャルが織り込まれているなど、巧妙に作曲されているのですが、この第6楽章も、もともとは書き込まれていたこの詩が歌われることになっていたのがこの手稿の発見をきっかけに分かりました。
二人の愛があからさまになってしまうことを避けるために、結局発表された版では歌のパートは書かれることはなく、初演から50年あまり、これは知られざる秘密となっていたのです。
この手稿譜の発見をきっかけに(詳細な書き込みのあるスコアと共に、この秘密の恋人ハンナのところに送られていたのでした)、当初作曲者が意図した歌付きの版が復元され、1979年にニューヨークで初演されています。この歌付きの版は、クロノス・クアルテットにソプラノのドーン・アップショーの歌で録音されたもの(2003 Nonesuch)で聴くことができます。

ボードレールのオリジナルの方も訳して見ました。わずかですがゲオルゲの手になるものと違いがあります。

 J'implore ta pitié,Toi,l'unique que j'aime,
 Du fond du gouffre obscur où mon coeur est tombé.
 C'est un univers morne à l'horizon plombé
 Où nagent dans la nuit l'horreur et le blasphème.

 Un soleil sans chaleur plane au-dessus six mois,
 Et les six autres mois la nuit couvre la terre ;
 C'est un pays plus nu que la terre polaire.
 Ni bêtes,ni ruisseaux,ni verdure,ni bois !

 Or il n'est pas d'horreur au monde qui surpasse
 La froide cruauté de ce soleil de glace
 Et cette immense nuit semblable au vieux Chaos.

 Je jalouse le sort des plus vils animaux
 Qui peuvent se plonger dans un sommeil stupide
 Tant l'écheveau du temps lentement se dévide !

 御身の情けを乞い願う、御身、わが愛する唯一のもの
 わが魂の墜ちた暗く深き淵より
 ここは鉛に閉ざされた荒涼たる世界
 夜に漂うのは恐怖と冒涜

 熱なき太陽は照る-6ヶ月もの間
 残りの6ヶ月は暗闇が大地を覆う
 ここは極地よりもはるかに荒涼たるところ
 獣もなく、小川もなく、緑もなく、森もないのだ!

 この世界を超える恐怖などどこにもありはしない
 この凍れる太陽の冷たき残酷さ
 そして古き混沌のような果てしない暗闇

 われは下等な生き物たちの運命が羨ましい
 怠惰な冬眠を始めることのできる生き物たちが
 それほどまでにここでの時間はのろのろとしているのだ

( 2010.05.09 藤井宏行 )


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