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Der Trunkene im Frühling (Der Trinker im Frühling)    
  Das Lied von der Erde
第5曲『春に酔う人』(ピアノ版「春に飲む人」)  
     交響曲「大地の歌」

詩: ベートゲ (Hans Bethge,1876-1946) ドイツ
    Die Chinesische Flöte  Der Trinker im Frühling 原詩: Li Tai-Po 李大白

曲: マーラー,グスタフ (Gustav Mahler,1860-1911) オーストリア   歌詞言語: ドイツ語


Wenn nur ein Traum das Leben ist,(Wenn nur ein Traum das Dasein ist,)
warum denn Müh' und Plag'!?
Ich trinke,bis ich nicht mehr kann,
den ganzen,lieben Tag!

Und wenn ich nicht mehr trinken kann,
weil Kehl' und Seele voll,
So tauml' ich bis zu meiner Tür
und schlafe wundervoll!

Was hör' ich beim Erwachen? Horch!
Ein Vogel singt im Baum.
Ich frag' ihn,ob schon Frühling sei.-
Mir ist,als wie im Traum.

Der Vogel zwitschert: Ja! Ja! Der Lenz,der Lenz
ist da,sei kommen über Nacht! (der Lenz,sei kommen über Nacht!)
Aus tiefstem Schauen lausch' ich auf,-
der Vogel singt und lacht! und lacht!

Ich fülle mir den Becher neu
und leer' ihn bis zum Grund
und singe,bis der Mond erglänzt
am schwarzen Firmament! (am schwarzen Himmelsgrund)

Und wenn ich nicht mehr singen kann,(Und wenn ich nicht mehr trinken kann,)
Und wenn ich nicht mehr singen kann,
so schlaf' ich wieder ein,
Was geht mich denn der Frühling an!?(was geht mich Welt und Frühling an)
Laßt mich betrunken sein!



春日酔起言志(春日酔より起きて志を言う)  李太白

 処世若大夢(世におること大夢のごとし)

 胡為労其生(なんすれぞ其の生を労するや)

 所以終日酔(ゆえに終日酔い)

 頽然臥前楹(頽然として前楹に臥す)

 覚来眄庭前(覚め来って庭前を眺むれば)

 一鳥花間鳴(一鳥花間に鳴く)

 借問此何時(借問す 此れ何れの時ぞ)

 春風語流鶯(春風 流鶯に語る)

 感之欲嘆息(之に感じて嘆息せんと欲し)

 対酒還自傾(酒に対してまた自ら傾く)

 浩歌待明月(浩歌して明月を待ち)

 曲尽已忘情(曲尽きて已に情を忘る)


人生が一場の夢に過ぎないのなら(存在が一場の夢に過ぎないなら)
努力も苦労も何になろう!?
飲めなくなるまで飲もう
うららかな日を一日中!

喉も魂も満たされて
それ以上飲めなくなったら
家の戸口によろめき帰り
気持ち良く寝てしまう!

寝覚めに聞こえるのは何か? ほら!
樹の上で鳥が歌っている!
私は夢見心地で鳥に訊ねる
もう春が来たのかと・・・

鳥は囀る:そうだ! そうだ! 春だ
春が来たのだ、夜の間にやって来たのだ!(春だ、春だ、夜の間にやって来たのだ!)
私は鳥をじっと眺め歌に耳を傾ける…
鳥は歌いそして笑う、笑う!

私は新しい杯に酒を注ぎ
底まで飲み干す
そして歌う、
漆黒の天に月が輝くまで!

そしてもう歌えなくなったら(そしてもう飲めなくなったら)
そしてもう歌えなくなったら
また寝てしまう
春が来たからどうだと言うんだ!?(世間や春がどうだと言うんだ)
私を酔わせておいてくれ!

    (甲斐 訳)


人生が夢に過ぎないのなら
何で悩み苦しむことがあろう
飲めなくなるまで飲み過ごすのだ
この素敵な一日を

飲めなくなるまで飲んで
喉も心も満たされたら
わが家の戸口までよろめいて行き
心地好く眠りこんでしまうのだ

目覚めると何か聞こえる、おや
一羽の鳥が木で歌っている
鳥に聞いてみる「もう春になったのかい」
私はどうも夢を見ているようだ

鳥はさえずる。「そう、もう春だよ
一夜のうちにやってきたんだ!」
耳を澄ませて聞いていると
鳥は歌い笑っている

そこで私は新たに杯を満たし
底まで飲み干す
そして歌う、月が
暗い夜空に輝くまで

それ以上もう
歌えなくなったら
また眠ってしまえばいい
春が何だっていうのだ
私を酔わせておいてくれ

   (藤井 訳)


この詩は「大地の歌」の中でも原詩の漢詩の原型をかなり留めており、その李白の名詩とその方向からのアプローチは藤井さんが既に書かれておられます。わたしのやり方は、他の独語詩同様の平易な口語訳にあくまで徹するものなので、その結果かなりのっぺりしたものになりますが、独語原詩の押韻の味わいと独語の響きの妙は、この平易な訳を手がかりに、数々の優れた演奏における美しく正しい発音の歌唱で楽しんでいいただきたいという趣旨です。

ピアノ版との比較では、第4連の「春」の語の3回の繰り返しを2回に減らしている一方で、第6連一行目の繰り返しにピアノ版作曲時に変化をつけておきながら、管弦楽版を製作するときに単純な繰り返しに直しているなど非常に興味深い推敲が見られます。普通の歌詞カードでは”Ja!”や”der Lenz”の語、”Und wenn ich nicht mehr singen kann,”の行の繰り返しは省かれて印刷されていますが、この推敲の跡からはマーラーはそこにも非常に気を配っていたことがわかります。

演奏は輝かしく晴れやかなコロ、ヴンダーリッヒの歌唱で。珍しいところで、果敢にも全曲をソプラノ一人で歌った平松英子盤は、歌手の真摯な取り組みとともに、なんと女声に合わせて女言葉で書かれているユニークな新訳が注目です。「この世も、春も、私に何の関係がありましょう? このまま酔わせておいてもらえませんか?」(MusicScape.MSCD-0012より。訳:秋岡寿美子・秋岡 陽)。
(2004.11.4 甲斐貴也)



有名なマーラーの交響曲「大地の歌」より第5曲です。この詩はご存知のように中国の詩人、李白や杜甫、孟浩然などの詩をベートゲが自由に訳したものです。
この第5曲もですからこうして原詩とベートゲの詩を日本語に訳してみたものを並べてみるとずいぶん印象が違います。
自然をただ淡々と眺め、愛でながらひたすら酔いつぶれる原詩の李白に対し、マーラーが感じ入って「大地の歌」全体に通じてにじみ出る投げやりな諦観は、最後の「春がなんだっていうのだ(Was geht mich denn der Fruhling an) 」というフレーズなどに色濃く出ています。

この李白の詩は比較的有名で元を辿るのもさほど難しくなかったのですが、他の詩に関してはそうでもないようです。それらをコツコツと探索され、大地の歌に使われた7つの漢詩とその解釈に関しては、日本フィルの団員でおられるドクトル・ターキー氏の「ちゅうごくちゅうどく」のサイトですばらしい解説がなされています。
(私はここで紹介されている田秋氏の「ものすごい訳」もとても好きです)。
大地の歌だけでなく、このハンス・ベートゲの世界を原詩との比較で知るという意味でもぜひ目を通してみられると良いのではないかと思います。特に最終楽章「告別」の解説は圧巻です。
http://www.japanphil-21.com/club/haohao/hao-gokudoku.html

マーラーの音楽に関して私はおすすめできるほど色々聴きこんでいるわけではありませんが、WEBを見れば山のようなおすすめ録音情報がありますね。私が気に入っているのは壮年期のバーンスタインがウィーンフィルを振ってテノールのジェームス・キングとバリトンのフィッシャーディースカウと入れた録音。彼の表現意欲がオーケストラの美しい音色と溶け合ってとても素敵な演奏です。ご紹介した第5楽章でも、「人生が夢に過ぎないのなら 何で悩み苦しむことがあろう Wenn nur ein Traum das Leben ist,Warum denn Muh und Plag?」とテナーが冒頭に叫んだ直後の弦の艶やかな合いの手や、鳥がさえずるところの木管の絶妙な節回しなど。キングの歌はちょっと硬いところもありますが、輝かしい声がこの多彩な表情によくマッチしています。
2・4・6楽章を歌うフィッシャー・ディースカウは完璧。本来アルト歌手によって歌われるところですが気になりません(というよりも全然別の曲になっているといったほうが当たっているかも。1960年代の極彩色のDecca録音もあいまって、とにかくきらびやかで面白いです)

あとひとつのお気に入りは現代音楽のスペシャリストとして知られたハンス・ロスバウトがバーデン・バーデンの南西ドイツ放送交響楽団、メルヒャートのテナー、ホフマンのアルトで入れた1957年の録音。
こちらは淡々とモノトーンの世界が続きます。くすんだセピア色の写真のような色合いのマーラー、これも全く別の意味でまた素敵です。

(2004.3.24 春のベートゲ・特集より 藤井)

( 2004.11.05 甲斐貴也/藤井宏行 )


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