Das Trinklied vom Jammer der Erde Das Lied von der Erde |
第1曲『地上の苦悩をうたう酒宴の歌』 交響曲「大地の歌」 |
Schon winkt der Wein im gold'nen Pokale, doch trinkt hoch nicht,erst sing' ich euch ein Lied! Das Lied vom Kummer soll auflachend in die Seele euch klingen. Wenn der Kummer naht,liegen wüst die Gärten der Seele, welkt hin und stirbt die Freude,der Gesang. Dunkel ist das Leben,ist der Tod. Herr dieses Hauses! Dein Keller birgt die Fülle des goldenen Weins! Hier,diese Laute nenn' ich mein! Die Laute schlagen und die Gläser leeren, Das sind die Dinge,die zusammen passen. Ein voller Becher Weins zur rechten Zeit Ist mehr wert,als alle Reiche dieser Erde! Dunkel ist das Leben,ist der Tod! Das Firmament blaut ewig,und die Erde wird lange fest steh'n und aufblüh'n im Lenz. Du aber,Mensch,wie lang lebst denn du? Nicht hundert Jahre darfst du dich ergötzen, an all dem morschen Tande dieser Erde! Seht doch hinab! Im Mondschein auf den Gräbern hockt eine wild-gespentische Gestalt! Ein Aff ist's! Hört ihr,wie sein Heulen hinausgellt in den süßen Duft des Lebens! Jetzt nehmt den Wein! Jetzt ist es Zeit,Genossen! Leert eure gold'nen Becher zu Grund! Dunkel ist das Leben,ist der Tod! ※第三連で後半3行を省略し、A+A+B+Aの形にするなど、マーラーによる改変がかなりあります。省略された部分は下記の通り。 [Nur ein Besitztum ist dir ganz gewiss: Das ist das Grab,das grinsende,am Erde. Dunkel ist das Leben,ist der Tod.] |
黄金の杯には既に酒が満ち我らを誘う だがまだ飲むな、その前に一曲歌いきかせよう! この悲嘆の歌をお前達の心に哄笑のように響かせたいのだ やがて嘆きの時が迫ればその心の園は荒れ果て 喜びも歌も枯れ萎むのだから 生は不可解だ、そして死も! この家の主よ! その酒倉は黄金色の酒が満ちている そしてここにはわたしの琴がある! 琴は掻き鳴らされ、酒盃は飲み乾されるのが それぞれにふさわしいこと 酒で満たされた杯があるべき時にあるならば その価値はこの世のどの王国にも勝る! 生は不可解だ、そして死も! 天空は永遠に蒼く 悠久の大地は春来たれば花咲く だが人よ、お前達はどれだけ生き永らえるというのだ 儚い戯れに過ぎぬ浮世の楽しみさえ 百年と許されぬではないか! あれを見ろ! 月明かりの墓の上に蹲る 亡霊のような獣の姿を あれは猿だ! 聴け、生の甘美な芳香を 鋭く引き裂くその叫声を! さあ盃を取れ、今こそその時だ! この黄金の杯を飲み乾すのだ! 生は不可解だ、そして死も! 〜李太白による〜 |
事実上オーケストラ伴奏歌曲集でありながら、マーラーが「交響曲」と名づけたために、歌曲ファン以外の多くのクラシック・ファンに親しまれているこの作品です。とかくこの作品には絶望的、陰惨なイメージがつきまといますが、李白の原詩はともかくべートゲの創作に近いこの詩には究極の絶望や寂寥というより、青臭さや甘美な自己陶酔も見られないでしょうか。そしてマーラーの音楽にも。そういう考えもあり、自分の訳には定訳になっている「生は暗く死も暗い」をあえて避けることにしました。
今回いろいろ音盤を聴き直してみて一番気に入ったのは意外にもヘルデン・テノールのルネ・コロによるものでした。少なくともわたしの訳にはこの演奏が一番しっくり来ます。晴れやかにして憂いを秘めた朗々とした美声、巧みなカンタービレ、大管弦楽に拮抗する強大な声量は素晴らしく、バーンスタイン(イスラエル・フィル)、カラヤン、ショルティといった巨匠たちが競ってその録音に彼を起用したのももっともと思えました。3種の中では、洗練されたカラヤン盤が最も優れていると思います。一方で久しぶりに聞いてみて違和感を持ったのが、名盤の名高いキング独唱によるバーンスタイン指揮のウィーン・フィル盤です。荒れ狂う管弦楽と緊迫感に満ちた歌は阿鼻叫喚、のたうち回るかのようで余裕が無く、どうにも押し付けがましく感じられてしまいました。バースタインがその後わずか数年でコロと再録音したのは興味深いことです。
(甲斐貴也2003.3.1)
この作は1年前に全曲完成を志して作ったのですが、第1曲だけで挫折してしまい未発表になっていたものです。今回藤井さんによるべートゲのご投稿で思い出して掲載することにしました。
(2004.3.26記)
●李白の原詩『悲歌行』
この詩は李白作品の翻訳というよりベートゲによる翻案・創作というべきものですが、何とか原型を偲ぶことはできます。第5曲の項で藤井さんの紹介されているサイトに原詩と直訳(度肝を抜くストレートさが楽しい)がありますのでご覧になってください。
●ベートゲ「生は不可解だ、そして死も!」と藤村操「曰く不可解」
この訳を作成したときは特に意識していなかったのですが、掲載するに当たって読み返してみて、わたしが”Dunkel ist das Leben”にあてた「生は不可解だ」と、明治時代に華厳の滝に投身した学生藤村操の遺言「人生は不可解なり」の類似に思い当たりました。そこで藤村について少し調べたのですが、わたしが思い込んでいた「人生は不可解なり」とは彼は書いておらず、正しくは「万有の真相は唯一言にして悉(つく)す 曰く不可解」でした。彼が華厳の滝の上で木の皮を剥いで幹に墨書したという遺書『厳頭之感』の全文をご紹介しましょう。
厳頭之感(がんとうのかん)
「悠々たる哉(かな)天壌 遼々たる哉古今 五尺の小躯を以て此(この)大を測らんとす ホレーショの哲学竟(つい)に何等のオーソリチーを価するものぞ
万有の真相は唯一言にして悉(つく)す 曰く不可解 我れ此恨みを懐いて煩悶終(つい)に死を決するに至る既に巌頭に立つに及んで胸中何等の不安あるなし はじめて知る 大なる悲観は大なる楽観に一致するを」
一高生 藤村操 (1903.5.22)
藤村の生没年を確認したところ1886.7-1903.5.22、ベートゲは1876-1946でなんと完全な同時代人です。そして『大地の歌』のテキストとなった詩集『中国の笛』Die Chinesische Flüte の出版は1907年で藤村の死の4年後。その4年間には藤村に影響された後追い自殺者が200人近くもあらわれたなど、当時の日本で社会問題になった事件です。ベートゲには『日本の春』Japanischer Frühling (1911年)という和歌の独訳による詩集もあり、少なくとも一般のヨーロッパ人よりは東洋への関心度は高かったでしょうから、彼が藤村の事件や辞世の句を知っていた可能性はゼロとは言えないと思います。ならば、彼がそれをヒントに李白の原詩に無い”Dunkel ist das...”のリフレインを加えたと推理するのもあながち荒唐無稽とも言えないのではないかと思うようになりました。藤村の事件がドイツで報道されていた、あるいはベートゲに日本人留学生と交流があったとしたら可能性は更に高まるでしょう。その辺を少し調べてみようかと思います。
ともかく、わたしのイメージする『地上の苦悩をうたう酒宴の歌』の主人公と藤村の『厳頭之感』に非常に同質性が感じられることと、その時期のあまりの符合にちょっぴり発見をした気分になりました。また、明らかに偶然ながら藤村の「悠々たる哉天壌 遼々たる哉古今」とベートゲの「天空は永遠に蒼く、悠久に揺ぎない大地は春になれば花咲く」の類似も面白く思います。なお、藤村の愛読書の中には李白の詩集も含まれています。
(甲斐貴也)
( 2004.03.31 甲斐貴也 )