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小諸なる古城のほとり    
 
 
    

詩: 島崎藤村 (Shimazaki Touson,1872-1943) 日本
      

曲: 弘田龍太郎 (Hirota Ryutarou,1892-1952) 日本   歌詞言語: 日本語


小諸なる古城のほとり
雲白く遊子(ゆうし)悲しむ
緑なす繁縷(はこべ)は萌えず
若草も籍(し)くによしなし
しろがねの衾(ふすま)の岡辺
日に溶けて淡雪流る

あたゝかき光はあれど
野に満つる香も知らず
浅くのみ春は霞みて
麦の色わずかに青し
旅人の群はいくつか
畠中の道を急ぎぬ

暮行けば浅間も見えず
歌哀し佐久の草笛(歌哀し)
千曲川いざよう波の
岸近き宿にのぼりつ
濁り酒濁れる飲みて
草枕しばし慰む



これも正月に紹介するにはまだ早いですが、早春の信州、小諸のあたりを旅行している旅人の思いを詠んだ歌です。私も数年前、3月の末に長野を訪れた時に雪が降り、車窓から雪を見ながらこの歌を思わず口ずさんだことがありますが、歌に詠まれた小諸は長野新幹線であっという間に通り過ぎてしまい、「草枕しばし慰む」などという旅情は微塵も感じない(まあ出張でしたので贅沢は言えません)出来事ではありました。
この詩は有名ですので、多くの作曲家が曲を付けているようですが、一番有名なのは弘田龍太郎のものでしょう。藤村自身が彼にこの詩の作曲を依頼したという話ですので、正統派にして権威とでも言いましょうか。ですが曲想の変化といい雰囲気といい実に見事に描かれており、「浜千鳥」や「叱られて」と並ぶ弘田メロディーの代表作と言っても良いでしょう。いや、私は日本歌曲でも屈指の傑作だと思います。

しみじみと旅の悲しみを歌う冒頭部が、「しろがねの衾」のところでちょっと明るく弾むピアノのメロディーと掛け合いながら違う旋律を歌い、そして「淡雪流る」のところでまたしみじみした余韻に戻っていくところ、シューベルトの「美しき水車小屋の娘」の「しぼめる花」のような味わいで見事です。
「あたゝかき」で始まる第2節も最初の節とほぼ同じに繰り返されますが、第3節では「歌哀し」の部分で全く違うメロディーを持ってきてクライマックスを作り、次の行の「千曲川いざよう波の」では歌の冒頭の旋律を再び持ち出して、またしみじみと旅の悲しみに浸るというよくできた構成で聴き飽きさせません。

日本名歌集とでもいうような録音があれば必ず収録されるであろう曲だけに録音も多いですが、私はこの曲では米良良一さんの歌(KING)を一番に推します。
声も良いのですが、余韻の残し方が実に良いのです。
ただ、まだあまり往年の名歌手の録音を聴いていませんので、探せば色々名唱に出会えそうな作品ではあります。曲想の変化が巧妙なので、表現に多様な工夫が織り込める作品と思いますので。

( 2003.01.01 藤井宏行 )


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