Muza Op.34-1 Chetyrnadtsat’ romansov |
ミューズ 14のロマンス |
V mladenchestve moem ona menja ljubila I semistvol’nuju tsevnitsu mne vruchila; Ona vnimala mne s ulybkoj,i slegka Po zvonkim skvazhinam pustogo trostnika Uzhe naigryval ja slabymi perstami, I gimny vazhnye,vnushennye bogami, I pesni mirnyja frigijskikh pastukhov. S utra do vechera v nemoj teni dubov Prilezhno ja vnimal urokam devy tajnoj; I raduja menja nagradoju sluchajnoj, Otkinuv lokony ot milogo chela, Sama iz ruk moikh svirel’ ona brala. Trostnik byl ozhivlen bozhestvennym dykhan’em I serdtse napolnjal svjatym ocharovan’em. |
私が子供の頃 彼女は私を愛し 七本の管の葦笛をくれた 彼女は微笑みながら穏やかに私に耳を傾けた 穴の開いた葦を響かせながら 私がたどたどしい指使いで演奏しているところを 神のお導きの荘厳な賛歌と フリギアの羊飼いののどかな歌の両方を 朝から夕暮れまで、樫の木の穏やかな木陰で 私は喜んで学んだのだ 若き女神の秘密の技を そしてまた女神はご褒美で喜ばせようと その美しい前髪をかきあげながら 私の手からじきじきに葦笛を受け取るのだ 女神の息で葦笛は生命を吹き込まれ 心は聖なる喜びで満たされたのだった |
最終14曲目がラフマニノフの歌曲の中で最も有名な「ヴォカリーズ」の歌曲集Op.34、作曲者と親交のあった象徴派の女性詩人マリア・シニャギンのアドバイスで歌曲の詩が選ばれたのだといいます。バリモントやポロンスキーといったこの歌曲集で初めて取り上げられた興味深い名前に混じって、ここでは初期に取り上げてからずっとご無沙汰だったプーシキンの詩から3篇が取り上げられているのが目を引きます。しかもいずれも昔のロシアの作曲家が取り上げなかった詩ばかりなのが面白いところでしょうか。
この詩、「ミューズ」は大変になまめかしく、そしてまた何とも甘酸っぱい子供の頃の思い出が何とも味わい深い詩です。ラフマニノフのつけた曲もしみじみと、何だかもう二度と戻らない思い出への感傷のように物悲しく歌われるのがとても印象的。
( 2008.08.01 藤井宏行 )