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舞〜六代目菊五郎の娘道成寺によせて    
 
 
    

詩: 深尾須磨子 (Fukao Sumako,1888-1974) 日本
      

曲: 橋本國彦 (Hashimoto Kunihiko,1904-1949) 日本   歌詞言語: 日本語


詩:著作権のため掲載できません。ご了承ください


お正月の歌舞伎座というと、桃色の花の飾りに彩られてぱあっと華やいだ賑わいが感じられます。
季節は少し早いですが、満開の桜の下で舞を舞う、例えば義経千本桜で静御前と狐忠信が舞う吉野山、あるいは安珍・清姫伝説に基づいたこの娘道成寺といったところがお正月定番の舞台ではないかと思います。西洋の発声とは全く違う、喉を潰して歌う義太夫節のユニゾンに乗せて、あでやかな衣装を着けた歌舞伎役者が踊るのを見るのは、西洋音楽や舞踊にばかり接していた私にも鮮烈な体験で、大学生時代、そして就職してからもしばらくは歌舞伎座通いをしていたものでした。
さて、この「舞」という曲ですが、副題の「六代目菊五郎の娘道成寺によせて」とあるように、詩人の深尾須磨子がこのあでやかな舞を見た印象を記した散文詩に、橋本国彦が義太夫を思わせるようなレシタティーヴォ(朗唱)調の8分以上も演奏に要する長大な曲を付けました。
冒頭のピアノが、琴を思わせる5音階の分散和音を奏でる中、「花の うしおの 蜜の 火の」とイントネーションやリズムが太夫の語りそのままの雰囲気で入ってきて、ピアノと掛け合いながら舞の盛り上がりと共に激しく、速くなっていきます。
西洋音楽調の半音階などが垣間見えるのがちょっと違和感ありですが、ピアノの低音が轟く中、「桜染めの袖をひるがえし、三千年の香をたきしめて」と語り、それが伴奏のメロディにシンクロしてまた歌になり、また語り、と変幻するところはやはり耳をそばだててしまいます。
「ふじむらさき あやめ かきつばた きぬぎぬのなごりの水色の風」と、情緒ある旋律を歌う部分はどのような日本歌曲と比べても遜色ない美しいメロディです。
実際の舞では、役者の衣装が次々と早変わりするシーンでしょうか。
「ほころばせよ 裳裾を ほころばせよ 美を」と、曲はどんどん速くなり、盛り上がっていって、ついにはピアノの叩き付けるような上昇音階と共に切れ味鋭く終わります。
日本版「月に憑かれたピエロ」とでもいうべき実験的色合いの強い作品ですが、邦楽に興味のある方にも興味深くお聴きいただける面白い曲ではないかと思います。

この作品には、1929年の初演者・荻野綾子がパリ音楽院管弦楽団・指揮コッポラ(ラヴェルの管弦楽作品の歴史的録音で有名ですね)の伴奏で入れた録音もあるとのことですが、今聴けるのは橋本国彦歌曲集の中の藍川由美さん・関定子さん、または素晴らしい日本歌曲選集を第5集までリリースしている鮫島有美子さんの第3集に収められた録音といったところでしょうか。
この中で私が一番気に入っているのが関さんの録音で、張り詰めた緊迫感がピアノ共々とても見事です。藍川さんのはいつも通りの考え抜いた歌で素晴らしいですが、ちょっとこの曲の持つ色気に欠けるかも。鮫島さんのはその色気にあふれて大変面白いのですが、別途紹介した山田耕筰の松島音頭でも感じたミスマッチ感がどうしてもぬぐえません。それがまた松島音頭同様、この曲の魅力を引き立てているという面も否定できないのですが。というのはやはり「お菓子と娘」や「薊の花」に見られるような西洋の香りが橋本国彦の作品の中にはチラチラとどうしても出てきてしまっているところにあるからではないかと思います。

( 2003.01.01 藤井宏行 )


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