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Gute Nacht   Op.89-1 D 911  
  Winterreise
おやすみ  
     冬の旅

詩: ミュラー,ヴィルヘルム (Johann Ludwig Wilhelm Müller,1794-1827) ドイツ
    Die Winterreise 1 Gute Nacht

曲: シューベルト (Franz Peter Schubert,1797-1828) オーストリア   歌詞言語: ドイツ語


Fremd bin ich eingezogen,
fremd zieh' ich wieder aus.
der Mai war mir gewogen
mit manchem Blumenstrauß.
Das Mädchen sprach von Liebe,
die Mutter gar von Eh'.
Nun ist die Welt so trübe,
der Weg gehüllt in Schnee.

Ich kann zu meiner Reisen
nicht wählen mit der Zeit,
Muß selbst den Weg mir weisen
in dieser Dunkelheit.
Es zieht ein Mondenschatten
als mein Gefährte mit,
und auf den weißen Matten
such' ich des Wildes Tritt.

Was soll ich länger weilen,
daß man mich trieb’ hinaus,
laß irre Hunde heulen
vor ihres Herren Haus.
Die Liebe liebt das Wandern,
Gott hat sie so gemacht,
von Einem zu dem Andern,
Fein Liebchen,gute Nacht.

Will dich im Traum nicht stören,
wär schad' um deine Ruh',
sollst meinen Tritt nicht hören,
sacht,sacht die Türe zu.
Schreib im Vorübergehen
ans Tor dir: gute Nacht,
damit du mögest sehen,
an dich hab ich gedacht.

よそ者としてやって来て
またよそ者として去って行く
五月は僕を暖かくもてなし
数多の花束を贈ってくれた
あの娘は愛を語り
母親は結婚のことまで口にした
だが今やこの世界は暗澹とし
道は雪に覆われている

旅立ちの時を
選ぶことはできない
この暗闇の中
自分で道を探さねばならぬ
月明かりの影法師を
道連れとして
白い広野の上
獣の足跡をたどるのだ

彼等に追われるまで
留まる義理があろうか
猛り狂った犬どもは
主人の家の前で遠吠えするがいい
愛はさすらいを好むもの
ひとつ所からまた別の所へ
神がそのように創り給うたのだ
おやすみ、美しい恋人よ

君の夢の邪魔をして
安らぎを乱したくはない
足音を聞かれぬように
そっと、そっと戸を閉める
通りすがりに書きとめよう
門に「おやすみ」と
君を想っていたことを
わかってもらえるように


あまりにも有名なシューベルトの最高傑作『冬の旅』。しかしそれほどの名曲にもかかわらず、いまだ解けぬ多くの謎を持った作品でもあります。終曲「辻音楽師」の謎もさることながら、そもそも第一曲「おやすみ」で描かれる旅立ちからして疑問だらけです。「これまでの話はただ暗示されているだけで、われわれは実際にはすでに物語の終わりにいるのである」(フィッシャー=ディースカウ)。この歌詞からわかることは、

「ある町にやってきた若者(『美しい水車小屋の娘』の主人公と同じく、当時の徒弟制度の習慣で、修業の旅に出て住み込みの働き口を探す若者と思われる)が、住み込んだ家の美しい娘に恋をし、一時は冗談にもその母親が結婚話をするほどであった。だがその恋は娘の心変わりで破れ、若者は雪に閉ざされた真冬の夜に家を出、その街を去ってゆく。」

どうして失恋したぐらいで町を出て行かなければならいのか。それもわざわざ雪に閉ざされた真冬の真夜中に旅立たなければならない理由があるのか。そしてなぜ人々に追われなければならないのか。主人公は被害妄想に取り付かれているのか。
若者と娘の家は別々で、若者は出発に際し娘の家を訪れ、門に「おやすみ」と記して去ってゆく・・・という解釈もありますが、それでは「足音を聞かれぬように そっと、そっと扉を閉める」の意味が不明になりますし、「戸を閉めて」から通りすがりに「門」に「おやすみ」と書いていることから、若者が娘が眠っている家から出て行くことは確実と思われます。
実はわたしは別の家説を取りたく、なんとか「扉を閉める」以外の訳が出来ないものかと考えていたのですが、昨年11月に出版された梅津時比古氏の『冬の旅 24の象徴の森へ』(東京書籍)におけるこの部分の検証を読んで、降参せざるを得なくなりました。主人公の旅が始まるのはここからであり、第三連まではおそらく旅支度をしながらの独白、そして冒頭から鳴り続けている歩行のリズムを表すピアノは、実際の足取りではなく、これから始まる孤独な旅を象徴する音楽なのでしょう。
しかしそうなると「猛り狂った犬どもは主人の家の前で遠吠えするがいい」が浮いてしまいます。外に出て吠えられる前からどうして犬の心配などするのか。そして「旅立ちの時を選ぶことはできない」、そして「彼等に追われるまで留まる義理があろうか」とはどういうことなのかも解決されていません。

ここで『冬の旅』と同じく冬の雪の中での失恋を描いた、我が国の詩人小山正孝(おやままさたか1916-2002)の「雪つぶて」をご紹介しましょう。

「雪つぶて」

かなしい事なんかありやしない
恋しいことなんかあるものか
さう思ひながらもあなたのやさしい返事を待っていた
まぶしいような雪の朝 路傍で僕は佇んでゐた
僕のうしろを馬車が通った
僕のうしろを人が通った
でも 閉ざされたままの白い二階の窓だった
強烈なものを信じ
自分がいいのだと思ひながら
昨夜までのあたたかいあなたの眼ざしと声をそのまま
僕はその時も待っていた
明るい日はキラキラキラキラかがやいて
するどく風がかすめてすぎた
閉ざされたままの二階の窓
僕は雪つぶてをつくつて いきなり どすんと投げつけた
こなごなの窓
僕は逃げた
さうしてあなたをあきらめた

-詩人・小山正孝の世界-「感泣(かんきゅう)亭」より(許諾を得ての掲載です)
http://homepage3.nifty.com/kankyutei/index.htm

砕け散る窓ガラスの鮮烈なイメージ。ストーカーまがいのことをしている片思いの若者が、内に秘めた感情のふとした爆発で発作的に破壊的行為を行い、愛する資格を失ったことを恥じて思いを切った・・・とわたしは読んだのですが、もちろんこの詩の若者は『冬の旅』には旅立たないでしょう。思いを切って別の人生を探すのでしょう。しかしこの主人公に後戻り出来ない転機をもたらした決定的な行為、それが『冬の旅』の若者にもあったのではないか。わたしはこの詩を読んで、『冬の旅』の若者の旅立ちの理由がわかった気がしたのです。

空想:その晩何が起こったのか

 ある真冬の晩、住み込みの職人達は親方からその美しい娘の縁談話を聞かされた。良家の立派な青年との良縁を祝福する職人達。家族の笑顔。だがひとり顔面蒼白になった若者がいた。『嘘だ、お嬢さんは僕を好きだと言ってくれたし、おかみさんは僕を婿にと言ったじゃないですか!』 室内は凍りついたように静まり、うろたえる母親と娘。『わたし、そんなこと・・・』 『そりゃあんたは真面目な働き者で気に入っていたから、そんなことも言いいはしたけど・・・』 さらに詰め寄る若者に親方と同僚は怒り出し、同僚のひとりが若者につかみかかった。「職人の分際でお嬢さんに横恋慕か!」 取っ組み合いとなり、周囲が止めようとするが、若者に突き飛ばされた同僚は怪我をしてしまう。『この家の中で血を流すとはなんという奴、目をかけてやったのに恩知らずが! 今すぐこの家を出て行け!』 激怒する親方と同僚達。泣き出す娘。『そうは言っても日は暮れてこの寒さと雪の中、明日の朝まで待ってあげてちょうだい。』とりなす母親。『いいだろう。では明日の朝には荷物をまとめてこの家から出て行くのだ。わかったな!?』 親方に言渡された若者は逃げるように自室に戻った。あまりの事態の急変に動揺し、自問自答するうちに時は既に深夜。若者は夜明け前に家を出る決意をする。

・・・とかなり調子に乗って想像を逞しくしてみましたが、このような状況を設定してみると「おやすみ」の謎はほとんど解けると思います。

よそ者としてやって来て
またよそ者として去って行く

→「よそ者」として町にやって来たが、親方の家に迎えられ、その娘や母親にも好かれるほどとけ込み、一旦はその家と町の「身内」になった。しかし自らの所業が禍して再び「よそ者」となって去らねばならなくなった。

旅立ちの時を
選ぶことはできない

彼等に追われるまで
留まる義理があろうか

→朝になったら親方の一家、同僚達に見送られて出なければならない。怒りの目、哀れみの目、もしかしたら同僚達に罵られるかもしれない。その屈辱を免れるには、たとえ旅立ちには無謀な極寒の真夜中であろうと、夜明け前に知られずに出発するしかない。

猛り狂った犬どもは
主人の家の前で遠吠えするがいい

→「犬」とは本当の犬ではなく、親方に仕える同僚達のこと。朝になったら自分は遠くまで行っているから、怒りに燃えた同僚達は主人の家の前でせいぜい罵ればいいという意。

「冬の旅」が単なる失恋の物語ではなく、社会と折り合いのつけられない人間の疎外の物語とする見方は今や定説とも言えますが、真夜中の出奔の原因が失恋による激昂の果てのトラブル、思い込みの激しい若者が「キレた」ことだとするならば、そうした見方にも一致するものと言えましょう。
なお、わたしの想像する親方と家族、同僚達は、翌朝には彼を許す気になっていたのではないかとも思うのですが・・・。

好きな盤:
 四面楚歌での逃避行前の独白となるこの解釈ならば、比較的早めのテンポで焦燥感を漂わせることになるでしょうし、自宅から人知れず静かに去っていくなら、落ち着いたテンポでしんみりと、となるでしょう。それはともかくとして、個人的に好きな全曲盤をここに挙げておきます。残りの曲では、特筆される演奏がないかぎり推薦盤は下記同様とします。

・フィッシャー=ディースカウ&バレンボイム(グラモフォン)
・ホッター&ムーア(エンジェル)
・ヒュッシュ&ミュラー(エンジェル)
・プレガルディエン&シュタイヤー(テルデック)
・シュトゥッツマン&セーデルグレン(カリオペ)

参考文献:
・『シューベルト歌曲集2 冬の旅』ヴァルター・デュル編(全音楽譜出版社)
・『シューベルトの歌曲をたどって』D.フィッシャー=ディースカウ(白水社)
・『冬の旅 対訳と分析』南弘明・南美智子(国書刊行会)※豊富な美しい写真と詳細な分析、必携書。
・『菩提樹はさざめく』三宅幸夫(春秋社)
・『冬の旅 24の象徴の森へ』梅津時比古(東京書籍)

( 2008.01.05 甲斐貴也 )


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