En blomma stod vid vägen Op.57-2 8 Laulut |
一輪の花が道端に咲いていた 8つの歌 |
En blomma stod vid vägen Af sommarns fjäril kysst, Som troget blef när flickan Bröt henne af så tyst. Ty alla mina vänner äro edra. Och flickan satte fjäriln Hos fogeln i en bur, Och genast gjorde fogeln För fjäriln sin kur. Ty alla mina vänner äro edra. Hvit klädning fick så fjäriln, Och så små hvita skor, Och han blef gift med fogeln. Visst var den äran stor. Ty alla mina vänner äro edra. Men skild stod arma blomman Från bröllop och kalas, Och dog af sorg,och vissnade Allena i sitt glas, Sen alla hennes vänner blifvit andras. |
一輪の花が道端に咲いていた 夏の蝶々にキスされて 蝶々は誠実だった 乙女が その花を静かに手折った時も なぜなら私の友達はみなあなたのものだから そして乙女は蝶々を入れた 籠の中の鳥のところに すると鳥はたちまちに始めた 蝶々に向かって求愛を なぜなら私の友達はみなあなたのものだから 白いドレスを蝶々は貰った それからとても小さな白い靴を そして彼は鳥と結婚した そいつは大変名誉なことであった なぜなら私の友達はみなあなたのものだから だがあわれな花は出なかった 結婚式にも披露宴にも そして悲しみのあまり死んで しおれてしまった たったひとりで花瓶の中 そうして彼女の友達はみな別の人のものとなった |
非常に悲しい物語。日本の昔の歌謡曲でも「花が女か 男が蝶か」というのがありましたがこれはそのスウェーデン版です。連れ去られた女を追った男はしかし、逆玉の輿に乗って女を裏切ります。裏切られた女はひとり寂しく死んで行きますが、最後にまたとんでもない一節でこの不幸にダメを押します。花と蝶の寓話ではありますが、これはもう明らかに人間社会の縮図かも知れないですね。「トモダチなんてしょせんそんなもんだぜ」って...
シベリウスの音楽は古典旋法なども感じさせながらひたすら淡々と音楽を流していきます。それがまたこの歌を一層悲しいものにしています。
( 2007.12.18 藤井宏行 )