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年老いし彼は商人    
 
 
    

詩: 石川啄木 (Ishikawa Takuboku,1886-1913) 日本
      

曲: 吉田隆子 (Yoshida Takako,1910-1956) 日本   歌詞言語: 日本語


年老いし彼は商人(あきびと)
靴 鞄 帽子 革帯
ところせく列(なら)べる店に
坐り居て 客のくる毎ごと
尽日(ひねもす)や はた 電燈の
青く照る夜も更くるまで
てらてらに禿げし頭を
礼(ゐや)あつく千度(ちたび)下げつつ
なれたれば いと滑らかに
数数の世辞をならべぬ
年老いし彼はあき人
かちかちと生命(いのち)を刻む
ボンボンの下の帳場や
簿記台の上に低(た)れたる
其(その)頭 いと面白し

その頭低(た)るる度毎
彼が日は短くなりつ
年こそは重みゆきけれ
かくて 見よ 髪の一条(ひとすぢ)
落ちつ また、二条 三条
いつとなく抜けたり 遂に
面白し 禿げたる頭
その頭 禿げゆくままに
白壁の土蔵の二階
黄金の宝の山は
(目もはゆし、暗(やみ)の中にも)
積まれたり いと堆うづたかく

埃及(エジプト)の昔の王は
わが墓の大金字塔(ピラミド)を
つくるとて ニルの砂原
十万の黒兵者(くろつはもの)を
二十年(はたとせ)も役(えき)せしといふ
年老いしこの商人(あきびと)も
近つ代の栄の王者
幾人の小僧つかひて
人の見ぬ土蔵の中に
きづきたり 宝の山を――
これこそは げに 目もはゆき
新世(あらたよ)の金字塔(ピラミド)ならし
霊魂(たましひ)の墓の標(しるし)の



( 2021.09.25 藤井宏行 )


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