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人を戀ふる歌    
 
 
    

詩: 与謝野寛 (Yosano Hiroshi,1873-1935) 日本
      

曲: 民謡/作曲者不詳 (Folksong,-)    歌詞言語: 日本語


妻をめどらば才たけて
顏(みめ)うるはしくなさけある
友をえらばば書を讀んで
六分の侠氣四分の熱

戀の命をたづぬれば
名を惜むかなをとこゆゑ
友のなさけをたづぬれば
義のあるところ火をも踏む

くめやうま酒うたひめに
をとめの知らぬ意氣地あり
簿記の筆とるわかものに
まことのをのこ君を見る

あゝわれコレツジの竒才なく
バイロン ハイネの熱なきも
石をいだきて野にうたふ
芭蕉のさびをよろこばず

人やわらはん業平(なりひら)が
小野の山ざと雪を分け
夢かと泣きて齒がみせし
むかしを慕ふむらごころ

見よ西北(にしきた)にバルガンの
それにも似たる國のさま
あやふからずや雲裂けて
天火(てんくわ)ひとたび降らん時

妻子(つまこ)を忘れ家をすて
義のため耻をしのぶとや
遠くのがれて腕を摩す
ガリバルヂイや今いかん

玉をかざれる大官は
みな北道(ほくだう)の訛音(なまり)あり
慷慨(かうがい)よく飮む三南(さんなん)の
健兒は散じて影もなし

四たび玄海の浪をこえ
韓(から)のみやこに來てみれば
穐の日かなし王城や
むかしにかはる雲の色

あゝわれ如何にふところの
剣(つるぎ)は鳴(なり)をしのぶとも
むせぶ涙を手にうけて
かなしき歌の無からんや

わが歌ごゑの高ければ
酒に狂ふと人の云へ
われに過ぎたる希望(のぞみ)をば
君ならではた誰か知る

「あやまらずやは眞ごころを
君が詩いたくあらはなる
むねんなるかな燃ゆる血の
價すくなきすゑの世や

おのずからなる天地(あめつち)を
戀ふるなさけは洩すとも
人を罵り世をいかる
はげしき歌を祕めよかし

口をひらけば嫉みあり
筆をにぎれば譏りあり
友を諫めに泣かせても
猶ゆくべきや絞首臺

おなじ憂ひの世にすめば
千里のそらも二つ家
おのが袂と云ふなかれ
やがて二人のなみだぞや」

はるばる寄せしますらをの
うれしき文を袖にして
けふ北漢の山のうへ
駒たてて見る日の出づる方



与謝野晶子の夫・鉄幹(寛)の作品の中では最も知られているものでしょうか。
「三十年八月京城に於て作る」とタイトルにもありますとおり、今の韓国の首都ソウルに鉄幹がいたときに書かれた長大な詩です。
 見よ西北(にしきた)にバルガンの
 それにも似たる國のさま
というフレーズや「北道」「三南」「北韓」などかの地の地名も織り込まれています。「コレッヂ」はイギリスの詩人コールリッジのことですね。ガリバルヂイはイタリア統一の英雄ガリバルディのこと。同じ半島国歌である韓国のことを連想したのかも知れません。晶子にかけて初めの方の2節くらいしか今は歌われていませんので全体を眺めてみるとなかなかに興味深いものでした。

( 2021.05.06 藤井宏行 )


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