TOPページへ  更新情報へ  作曲者一覧へ


馬賊の歌    
 
 
    

詩: 宮島郁芳 (Miyajima Ikuhou,1894-1972) 日本
      

曲: 民謡/作曲者不詳 (Folksong,-)    歌詞言語: 日本語


詩:著作権のため掲載できません。ご了承ください


昭和の初めというと、実は現代とかなり良く似た時代の雰囲気だったのではないかと思うことがよくあります。平和でかつ豊かに暮らせた期間が長かった大正時代が終わりを告げ、大正末〜昭和に入ってからの不況や天変地異、政治の混迷と社会の退廃といったことのひとつひとつが今の世にも対応が取れるようで大変に興味深いのです。ただ違うのは当時は外国に植民地があったということ。当時の若者たちの時代への閉塞感は現代がそうであるかのように大きなものがあったようですけれども、それを晴らすのは海の向こうの植民地で雄飛しようという幻想。
進入して来られる側としてははた迷惑なものでしかなかったのでしょうが、これが多くの若者たちを新天地・満州へと引き寄せることとなりました。
そんな時代に流行したのがその名も「馬賊の歌」。いきなり冒頭から「俺も行くから君も行け 狭い日本にゃ住み飽いた 海の彼方にゃ支那がある 支那にゃ四億の民が待つ」と強烈なプロパガンダ。当時の悩める若者たちの心をきっと引き付けたのでしょうね。自分には父母も故郷もなく、そして恋人や友を振り捨て、大陸に渡って黒竜江からゴビ砂漠までを股にかける豪傑になる姿を歌います。
この歌、拓殖大学などの寮歌としても歌い継がれていったみたいで、今でもあちこちのホームページで歌詞をみることができました。
とりわけ私が興味深かったのは「御国を出てから十余年 今じゃ満州の大馬賊 亜細亜高嶺の間から 繰り出す手下五千人」のフレーズ。これ団塊世代の方はピンときますよね。植木等のハジケた歌いぶりが印象的な「学校出てから十余年 今じゃしがないサラリーマン」の「五万節」(詞:青島幸男・曲:萩原哲晶)、団塊ではない私もクレージーキャッツの歌がオリジナルかと思っていましたが実はここにルーツがあったのでした。萩原哲晶の書いたメロディは全然違いますけれども、恐らくこれも拓大などでこの「馬賊の歌」が歌い継がれていくうちに生まれた替え歌が元なのでしょう(これに似た「五千石節」というのがあるのを見つけました。すると戦後のインフレで五万になったのか?)。

馬賊というのは、清朝末期に治安が乱れ、農民たちが自警団のようなものとして外からくる盗賊などに備えて作った組織の中で騎馬を乗りこなす機動隊のようなグループができ、やがてそれらが大きな勢力として軍閥となったり外国の工作員になったりして華々しく活躍するようになってそう呼ばれたのだそうです。
頭目にはもちろん地元中国の人がなっているのが多いですが(有名な人には関東軍に謀殺された張作霖がいます)、中には小日向白朗や伊達順之助といった日本から渡った人々が頭角をあらわしてリーダーになっている馬賊もあったようで、まさにそんなところが歌に歌われているのでしょう。

この歌詞を作ったのは演歌師・宮島郁芳(1894-1972)。「熱海の海岸散歩する」の寛一・お宮の「金色夜叉」の歌が彼の作品では一番知られています。当時は大陸進出主義者の集会でよく歌われ、そのイデオローグであった宮崎滔天作であるとも思われていたようで、今でも古い資料などではそうなっているものがあります。実際彼は集会ではこの歌を必ず歌っていたのだとか。彼は1922年(大正11年)に亡くなっていますから昭和の歌と冒頭で書きながら実はこれができたのは大正9年頃で、広く歌われるようになったのも大正末ということになりますけれど、私にとってはこの歌は昭和初期の流行歌のイメージです。またメロディの方も作者不詳のオリジナルとは別に夭折の天才演歌師・鳥取春陽がのちに付けたものがあり、こちらで歌われることの方が多いかも知れません。

戦後も小林旭や石原裕次郎などによって歌われたことがあるようですが、今となってはご存知ない方の方が多いでしょうか。私も存在は知っていましたが、今回取り上げるために調べるまでは歌詞はご紹介した冒頭の部分しか知りませんでした。しかも今や「支那」という言葉も禁句になってしまっているかのようで、戦後に吹き込まれたものはここの歌詞が「浪の彼方にゃ大荒野 そこにゃ四億の民が待つ」と変えられています。
歌うためのエンターテイメントとしては余計な不快感を持たれる人を増やしたくないので変えてしまうのは分からなくもないですが、歴史の記録として残すときにはやはりオリジナルを尊重したいもの。上で「支那」と書いていても決して差別的な意図ではありませんのでご了解ください。

さて、今の時代に閉塞感を抱いている若者たちにはこんな雄飛できるファンタジーはあるのでしょうか。
2チャンネルでアスキーアートをベタベタ貼り付けるであるとかYouTubeに著作権違反投稿をするといったようなものしかないのであればあまりに悲しすぎると思います。まあ年寄りがのさばる社会をなんとか変えるすべを考えないと苦しいところはあるのでしょうが、あまりそれを言うと自らの墓穴を掘るのでやめておきましょう。

( 2007.03.24 藤井宏行 )


TOPページへ  更新情報へ  作曲者一覧へ