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竹田の子守唄    
 
 
    

詩: 不詳 (Unknown,-) 
      

曲: 民謡/作曲者不詳 (Folksong,-)    歌詞言語: 日本語


この子よう泣く 守りをばいじる  
守りも一日 やせるやら
どしたいこりゃ きこえたか

ねんねしてくれ 背中の上で   
守りも楽なし 子も楽な
どしたいこりゃ きこえたか

ねんねしてくれ おやすみなされ  
親の御飯が すむまでは
どしたいこりゃ きこえたか

ないてくれなよ 背中の上で   
守りがどんなと 思われる
どしたいこりゃ きこえたか

この子よう泣く 守りしょというたか  
泣かぬ子でさえ 守やいやや
どしたいこりゃ きこえたか

寺の坊さん 根性が悪い  
守り子いなして 門しめる
どしたいこりゃ きこえたか

守りが憎いとて 破れ傘きせて  
かわいがる子に 雨やかかる
どしたいこりゃ きこえたか

(以下まだまだ続きますがこのあたりで止めます)


私は親の代が東京に出てきてそこで生まれ、成人するまでずっと東京郊外の新興住宅街で育ちまししたので、小中学校の友人もおじいちゃんの田舎が新潟だ、栃木だといった人たちばかりでしたから、日本にも居住地や血縁で差別されるという問題があるなどということはまるで知らずに育ちました。学校教育でも寝た子を起こさないということでしょうか、地域にそういう問題がありませんでしたので全く触れられていなかったと思います。
ちょうどそんな子供のころにはやった「竹田の子守唄」は、その哀調を帯びた美しいメロディでとても心を奪われていた作品だったのですが、本当にいい大人になってこれがこの差別問題と因縁の深い作品であるということを知って大変に驚かされました。
歴史の古い地方に在住の方にはもっと身近で常識的な話なのでしょうが、歴史の浅い大都会育ちの人間というやつはその程度の認識か、と思いながらお読み下されば幸いです。

さて、この「竹田の子守唄」、ヒットしたのは1972年頃でしょうか。当時のフォークグループ「赤い鳥」のレパートリーとして確かNHKのみんなのうたや、更には学校の音楽の授業などでも取り上げられていた記憶があるのですがいつしか耳にすることもなくなっていました。それがただ単にブームが去って忘れ去られたのではなく、同和問題との絡みからメディアの自主規制の中で封印されていた、という話は私と同じようにこの問題を子供の頃は意識せずに育ったという方で、それを戸惑いながら掘り起こしていったフリーのTVプロデューサー・森達也氏の「放送禁止歌」(知恵の森文庫)に詳しいです。シンガーとしての「赤い鳥」はこの歌をこだわりを持って歌い続けているようですが、今市販されている彼らのベストアルバムCDにはこの曲は収録されていません。彼らの1・2を争う大ヒット曲であったにも関わらず...

更に時は流れて昨年、東京を離れてそういった差別の問題が決して大都会のようには無視できないところに住み始めてから長くなり、このあたりのことが気になっていた私の目に飛び込んできたのが硬骨の音楽ジャーナリスト・藤田正氏の書いた「竹田の子守唄 名曲に隠された真実」という本。この歌が生まれたいきさつやこれが掘り越されてフォークソングの大ヒット作になるまでの流れ、そしてそれ以降のごたごたなど、非常に興味深く読ませて頂きました。
その本にはCDが付いていて、「赤い鳥」の歌った例の幻の「竹田の子守唄」の他にも、フォークソングに編曲される前のオリジナルの竹田の子守唄を地元京都・伏見の女性たちが歌う録音が入っていました。確かにプロの歌い手ではない人たちの合唱ですから技巧や声の美しさなどは求むべくもないのですが、私はこれを聴いて心が震えるような思いをしたのを思い出します。ちょうどアメリカで人種差別の只中、やはり心が震えるようなスピリチュアルを生み出していった黒人たちのように、差別の只中にあった人たちの自由への思いのほとばしり、それは西洋からの借り物のクラシック音楽ではもしかしたらうわっつらの感動だけかしていなかったのかも知れない私にはとても衝撃的な歌声だったのです。
もちろん私はこのような理不尽な差別を受けた経験はないですから所詮よそ事ではないか、と言われてしまえば返す言葉もないのではありますが、そういったことをまるで知らずにのほほんと生きていた方が良かったか、というと決してそんなことはないと思っています。

さて、ここに取り上げた歌詞は民謡ですからいろいろなヴァリエーションのあるもののうちの一部、家の貧しさからまだ子供のうちから裕福な家の子守奉公に出された娘たちの悲惨な状況をそれでも笑い飛ばしているかのような歌。聴きなじみのある「竹田の子守唄」(この曲を採譜した作曲家・尾上和彦(1942-)がこの歌にインスピレーションを受けて作曲した全く別のものといってもよいかも知れません)のしみじみとした哀愁とは一線を画したたくましさです。「どしたいこりゃ」のところなどユーモアさえもにじみ出てきていて、悲しいなかにも何か安らぐようなものを感じます。


上でご紹介した本とは別に新録音のCDが昨年リリースされました。そこでもやはり竹田の女性たちが合唱でこの歌を歌っていたのですが、この録音で私が注目したのはその歌唱を指導したのが日本のゴスペルの第一人者・亀淵友香さんだということ。日本ではゴスペルブームとは言っても、アメリカでそれが生まれた文化・歴史的な背景まで目を向けて考える人はあまりおられなくてどうしても表層的なモノ真似しかできないことが多いですが、この日本のゴスペルソングとさえも呼べる「竹田の子守歌」の再現に亀淵さんが関わられているということに大変感銘を受けました。伴奏のピアノとサックスのすすり泣くような響きに乗って心に染み入ってくるような歌が湧き出してきます。前の録音の荒削りさも魅力的でしたが、こちらの練りこまれた歌は一層素晴らしかったです。
同じ歌詞でもう少し軽妙な「竹田こいこい節」や、婚礼の祝い歌である「竹田長持唄」(これも楽しげな歌なのになぜかとても悲しくなります)、そして実際に子守をしながらこの歌を幼い頃に歌っていたであろうお婆さんの歌う「竹田の子守唄」(かなり古いテープから起こしたもの)と収録されています。つい20年ほど前までこの歌のような経験を子供の頃にしたことのある人が日本にも生きておられたという事実も心に留めておいて良いと私は思います。
と、そんな堅いことは抜きにしても音楽としてもとても楽しめるこの録音、特にソウルやゴスペルなどのブラックミュージックがお好きな方は気に入られるのではないでしょうか。演歌チャンチャカチャンなどとは全く違った日本の感動的なソウルミュージックにぜひ痺れてみてください。


『竹田の子守唄 名曲に隠された真実』 藤田正著 解放出版社
ネットのオンラインマガジンBeats21でもこの歌に関する詳しい記事が読めます。私なんぞの駄文を読まれるよりもぜひそちらをご覧ください。上でご紹介したCDもここで注文できます。

    www.beats21.com


赤い鳥が歌っていたもっとポピュラーなバージョンの歌詞も作者不詳ということですので載せておきます。
メディアの自主規制でもう長いこと封印されていますから若い世代の方はこの歌もご存じないのでしょうか。なんだかとても寂しい気がします。
なお、この歌の2番だけは竹田に伝わる詞ではなく、この歌をよく歌っていた高石友也の出身地・愛知県に伝わる子守唄の歌詞だとのことです。

   守(もり)もいやがる盆から先にゃ 
   雪も散らつくし子も泣くし

   盆が来たとてなにうれしかろ 
   帷子(かたびら)はなし帯はなし

   この子よう泣く守をばいじる 
   守も一日やせるやら

   はよも行きたやこの在所こえて 
   向こうに見えるは親の家(うち)

( 2007.02.24 藤井宏行 )


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