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Abendwolke   Op.60-26  
  Das stille Leuchten
夕雲  
     歌曲集『静かなる輝き』

詩: マイヤー (Conrad Ferdinand Meyer,1825-1898) スイス
    Gedichte: II. Stunde  Abendwolke

曲: シェック (Othmar Schoeck,1886-1957) スイス   歌詞言語: ドイツ語


So stille ruht im Hafen
Das tiefe Wasser dort,
Die Ruder sind entschlafen,
Die Schifflein sind im Port.

Nur oben in dem Äther
Der lauen Maiennacht,
Dort segelt noch ein später
Friedfertger Ferge sacht.

Die Barke still und dunkel
Fährt hin in Dämmerschein
Und leisem Sterngefunkel
Am Himmel und hinein.

港の湛うる深き水
かくも静かに憩い
櫂は眠りに落ちて
小舟は船着に舫う

ただ霊天高く
温けき五月の夜に
ゆるやかに帆操る
心優しき渡守ひとり

小舟は黙し朧となり
黄昏の中をゆき
幽けく星の瞬ける
天空渡り消えゆく


マイヤーらしい非常に語の節約された自然抒情詩ですが、訳していて非常に東洋的なものを感じました。「マイヤー名詩選」(大學書林)の新妻篤氏も「このような静けさ、安らかさの表現は、日本の和歌や俳句の表現法とも一寸通じるところがあるように思われる」(同書48頁)と指摘していますが、まるで漢詩や俳句のような発想と展開で、ベートゲ訳の漢詩や和歌のドイツ語訳よりよほど東洋的な味わいがあるように思いました。しかもこれが19世紀の詩人の作なのです。C.F.マイヤーという詩人、只者ではないと改めて感服させられました。
新妻氏はこの詩に死の安息をも読み取れるのではとしています。どうとるかは読む人それぞれとは思いますが、確かに、このように穏やかに安らかに彼岸の世界に渡れたらとも思います。
『ローマの泉』と同じ理由で文語訳にしましたが、わたしの文語調の訳の中では一番気に入っています。シェックの作曲は詩の穏やかでひそやかな雰囲気を生かした繊細なもの。ヴォルフで言えばメーリケ歌曲集の「クリスマスローズU」のような感じです。
 演奏はフィシャー=ディースカウとヘドヴィク・ファスベンダーともに良好。

 さて、記事の公開前にこの訳を畏友の俳人朝吹英和氏にご覧頂いたところ、各連にひとつづつ、三句もの返句を頂いてしまいました。それが大変素晴らしかったので、氏の了解を頂いた上でここにご紹介させていただきます。朝吹さんありがとうございました。

> 港の湛うる深き水
> かくも静かに憩い
> 櫂は眠りに落ちて
> 小舟は船着に舫う

             春の水櫂の眠りを覚ましけり

> ただ霊天高く
> 温けき五月の夜に
> ゆるやかに帆操る
> 心優しき渡守ひとり

             遠花火寡黙でありし渡守

> 小舟は黙し朧となり
> 黄昏の中ゆきて
> 幽けく星の瞬ける
> 天空渡り消えゆく

             点景となりし小舟や夕焼雲(ゆやけぐも)

( 2006.12.29 甲斐貴也 )


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