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Kolybel’naja pesnja   Op.16-1  
  6 Romansov
子守歌(ゆりかごの歌)  
     6つのロマンス

詩: マイコフ (Apollon Nikolayevich Maykov,1821-1897) ロシア
    Новогреческие песни 1 Колыбельная песня

曲: チャイコフスキー (Pyotr Ilyich Tchaikovsky,1840-1893) ロシア   歌詞言語: ロシア語


Spi,ditja moe,spi,usni! spi,usni!
Sladkij son k sebe mani:
V njan’ki ja tebe vzjala
Veter,solntse i orla.

Uletel orel domoj:
Solntse skrylos’ pod vodoj:
Veter,posle trekh nochej,
Mchitsja k materi svoej.

Sprashivala vetra mat’:
“Gde izvolil propadat’?
Ali zvezdy voeval?
Ali volny vse gonjal?”

“Ne gonjal ja voln morskikh,
Zvezd ne trogal zolotykh;
JA ditja oberegal,
Kolybelochku kachal!”

Spi,ditja moe,spi,usni! spi,usni!
Sladkij son k sebe mani:
V njan’ki ja tebe vzjala
Veter,solntse i orla.

眠れ、わたしの坊や、眠れ、眠れ
甘い夢を呼び寄せてね
わたしはお前のお守にと
風と、太陽と鷲を呼んだのよ

鷲はねぐらに帰って行き
太陽は海に沈んだわ
風は三晩経ってから
風の母さんのところに帰ったの

風の母さんは風に聞いた
「そんなに長いこと、どこへ行ってたの?
お星様たちとケンカしてたの?
波と鬼ごっこしてたのかい?」って

「ぼくは海の波を追いかけてないよ
 金色のお星様もぶってない
 赤ちゃんのお守をしてたんだ
 小さな揺りかごを揺らしてたんだ」

眠れ、わたしの坊や、眠れ、眠れ
甘い夢を呼び寄せてね
わたしはお前のお守にと
風と、太陽と鷲を呼んだのよ


ロシアの子守唄はグリンカといいムソルグスキーといいグレチャニノフといい(あるいはショスタコーヴィチの「ユダヤの民族詩」にある鮮烈な子守唄も!)、何とも悲しい調べのものが多いです。虐げられた民衆たちの悲しみが結晶しているようで、やはり虐げられた少女たちの守り子歌(貧しい少女たちが子守奉公に出されて赤ん坊を背負いながら歌う唄)の多い日本人の心にも響くところがあるのでしょうか。けっこう聴かれた人の印象は強いようです。チャイコフスキーにもこの子守唄と、もう1曲Op.54にも「嵐の中の子守唄」というどちらもしみじみと悲しい子守唄がありますが、こちらの取り上げたものの方が有名でしょうか。非常によく演奏されます。
この詩は第6曲と同じくアポロン・マイコフの詩で、そして同じく詩集「近代ギリシャの歌」から取られたのだということなのでオリジナルはギリシャの民謡なのでしょうか。そして曲はそのとき丁度懐妊中だったというリムスキー=コルサコフの奥さんに献呈されているのだそうです(1872年作)。

冒頭のピアノもモヤモヤっと重苦しい中、とても悲しいメロディが始まります。次の「鷲はねぐらに」の節と4番目の風の子供の「ぼくは海の波を」のところはほのかに明るくなりますけれども、1・3・5節は本当に悲しい、遠くを憧れるような音楽です。チャイコフスキー歌曲では名前をよく見かける詩人マイコフによる歌詞に切れ味はないですが、子守唄はやはりこれくらい素朴なものの方が良いのかも知れませんね。そんな感じで訳詩にもちょっと穏やかな感じを出してみましたがいかがなものでしょうか。
女性の歌うチャイコフスキー歌曲集には大抵含まれていて、そのほとんどすべてが見事な解釈を聴かせてくれますが、今回聴いてもの凄く感動させられたのは女声ではなく、珍しく男声でこの曲を録音しているボリス・クリストフのもの(EMI)。バスでこの歌を歌うのがこんなに素晴らしいものとは予想していませんでした。
あとはやはり貫禄のあるヴィシネフスカヤの歌ったEMI盤がいいでしょうか。

( 2006.11.26 藤井宏行 )


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