Keinen hat es noch gereut Op.33-1 Die schöne Magelone |
いまだかつて悔いた者はない 美しきマゲローネ |
Keinen hat es noch gereut, Der das Roß bestiegen, Um in frischer Jugendzeit Durch die Welt zu fliegen. Berge und Auen, Einsamer Wald, Mädchen und Frauen Prächtig im Kleide, Golden Geschmeide, Alles erfreut ihn mit schöner Gestalt. Wunderlich fliehen Gestalten dahin, Schwärmerisch glühen Wünsche in jugendlich trunkenem Sinn. Ruhm streut ihm Rosen Schnell in die Bahn, Lieben und Kosen, Lorbeer und Rosen Führen ihn höher und höher hinan. Rund um ihn Freuden, Feinde beneiden, Erliegend,den Held. - Dann wählt er bescheiden Das Fräulein,das ihm nur vor allen gefällt. Und Berge und Felder Und einsame Wälder Mißt er zurück. Die Eltern in Tränen, Ach,alle ihr Sehnen - Sie alle vereinigt das lieblichste Glück. Sind Jahre verschwunden, Erzählt er dem Sohn In traulichen Stunden, Und zeigt seine Wunden, Der Tapferkeit Lohn. So bleibt das Alter selbst noch jung, Ein Lichtstrahl in der Dämmerung. |
いまだかつて悔いた者はない 馬にまたがり その爽やかなる青春の時に 世界中を飛び回りし者のうちには 山々に 野原 さびしき森 乙女たちやご婦人方 華やかに着飾り 黄金の宝石を身につけて あらゆるものが彼を喜ばす その麗しい姿で だが不思議にも消え去るのだ それらの姿は 彼方へと 狂おしく燃え立つのは 若さに酔える心のうちにある野望 名声が彼のためにバラを撒く すばやく 道の上に 愛と愛撫と 月桂樹とバラとが 彼を導く 高みへ 高みへと 彼の周りには喜びあふれ 敵どもは羨むのみ 打ち倒されながら この英雄を そして英雄はつつましく選ぶ 自らが誰よりも好んだ乙女を 山々を 野を さびしき森を 急ぎ あとにして 涙にくれていた両親も ああ 彼らの焦がれる思いは 皆 再び結びつけられるのだ 愛しい幸福に 年経てから 彼は息子に物語る くつろぎの時に 見せるはその傷あと それは勇気の報い かくて老いてもなおも若々しく 黄昏に一条の光を残す |
15世紀から16世紀にかけてドイツで流行した民衆本のひとつに『美しきマゲローネ』があります。これをもとに前期ドイツロマン派の詩人ヨハン・ルードヴィヒ・ティーク(1773 - 1853)が書いた歌入りの物語が『美しきマゲローネとプロヴァンスのペーター伯爵の恋物語』(Phantasus 1812-17に取り上げた作品を編纂したものに収録)です。ブラームスは幼少よりこの物語に慣れ親しんでいたこともあり、この物語中にある詩の中から15篇を選んで歌曲集としました。これがOp.33 「美しきマゲローネ」、あるいは「マゲローネよりのロマンツェ」です。
もともとが地の文の長い物語の中に散り散りに挿入されていた詩ですので、それだけ取り出して繋げても物語は再現できませんし、詩の歌い手もあるときはこの物語の主人公の騎士ペーターであったかと思えば、別の曲ではその恋人マゲローネであったり、旅の老吟遊詩人であったり、ペーターを誘惑するスルタンの娘になったりと一貫しておりません。全体の物語を理解するためにはどうしても地の散文の部分を補ってやらないとなりません。そういう訳でこの歌曲集を演奏するときはよく地の文をそのまま、あるいは粗筋に要約して歌の合間に挿入するという形を取ります。テノール歌手のヘフリガーが日本のレーベルであるカメラータに録音した時は、この地の文を日本語で朗読したものをつけておりました(訳:佐藤恵三・朗読:加藤剛)。日本人がこの歌曲集を聴く場合にはこれが一番親切でしょう。他の朗読つきの録音は通常ドイツ語詩の朗読ですので、よほどドイツ語に堪能な方でない限り延々と続く語りに飽きてしまう、というのが正直なところかと思います。
このサイトでこの歌曲集を取り上げるにあたっても、そういう訳で地の文を無視するわけには参りません。さりながらもとの物語を全部訳して掲載するのは(当初試みましたが)あまりに負担が重いので、ここでは物語の中での歌の位置づけが分かる程度の解説を加えて順に曲をご紹介して行こうと思います。
この物語自体の邦訳もいくつかあるようですが、国書刊行会から出版された「ドイツロマン派全集第1巻 ティーク」に上でご紹介したヘフリガー盤と同じ佐藤恵三氏の訳で掲載しているものが見つけやすいでしょうか。大きな図書館を探せば結構な頻度で見つけられると思います。
物語はまず序章があり、物語の前口上が述べられると共に1篇の詩が語られます。ブラームスはこの詩は物語に無関係ということで歌曲集には取り上げず、次の物語の始まりの第2章「いかに一人の異国の歌人がプロヴァンス伯の宮廷を訪ねたか(Wie ein fremder Sänger an den Hof des Grafen von Provence)」に取り上げられているこの詩から歌曲集は始まります。
プロヴァンス伯の一人息子ペーターは眉目秀麗、武勇豪胆の若者でしたが、何かこのところモヤモヤを抱えています。何がその原因なのか周りも本人も分からない中、父親の開いた馬上試合の大会に参加したペーターは並み居る騎士たちをみななぎ倒しギャラリーたちを感嘆させます。そこにたまたま居合わせた旅の吟遊詩人は、ペーターに旅に出ることを奨め、こんな歌を歌って聴かせるのでした。
角笛の響きも高らかに、古の若者たちの冒険が魅惑的に語られます。冒険だけではなく、旅路では理想の妻を見つけ、そして晩年は若き日の冒険の思い出に生きるという、これからのペーターの運命を予見させるような伏線を張ることも忘れてはいません。
( 2015.12.05 藤井宏行 )