Fichtenbaum und Palme |
唐檜と棕櫚 |
Ein Fichtenbaum steht einsam Im Norden auf kahler Höh'; Ihn schläfert; mit weißer Decke Umhüllen ihn Eis und Schnee. Er träumt von einer Palme, Die,fern im Morgenland, Einsam und schweigend trauert Auf brennender Felsenwand. |
唐檜がひとり寂しく立っている 北の国の荒れた丘 眠気が襲い 氷と雪が 樹を白く包みこむ 唐檜は棕櫚を夢みている 遠い日出づる国の 灼けついた岩肌で ひとり黙し悲しむ棕櫚の樹を |
高名なフェリックスの姉、ファニー・メンデルスゾーンの歌曲です。歌詞はハイネの『歌の本』所収、詩集「抒情的間奏曲」の33番目の詩。番号のみで題名が無いため、通常は第1行目の”Ein Fichtenbaum steht einsam”が使われますが、ファニーは「唐檜と棕櫚」と題しています。この詩は「君は花のように」に劣らず作曲家に好まれた詩のようで、しかも北国の情景を描いているためか、そのリストにはロシアや北欧の有名作曲家が驚くほど並んでいます。唐檜(トウヒ)は自然ギャラリーで以前取り上げましたが、ヨーロッパで大変ポピュラーな樹木です。メーリケの詩など、歌曲の歌詞の中にも時折出てきますが、唐檜そのものがテーマになった歌曲というのは珍しいと思います。
原詩のドイツ語では今回取り上げたファニーの他、フランツ、リスト、グリーグ、プフィッツナー、ヨゼフ・マルクス、メトネル、ステンハンマル、ラーション、変わったところで名ピアニストのヴィルヘルム・ケンプ(作曲家として200曲もの歌曲を残しているそうです)。ロシア語訳でリムスキー=コルサコフ、バラキレフ、ラフマニノフ、ダルゴムイシスキー・・・と、なにやら眩暈がしそうな錚々たる顔ぶれです。わたしが聴いたのはファニー以外では、リスト、プフィッツナーのみです。今回はファニーの作品を取り上げましたが、良い作曲があったらまた取り上げようと思います。
そのファニーの作品ですが、詩の前半後半を陰と陽として描いたもので、単純と言えば単純ですが、プフィッツナーとリストのが全編悲壮な雰囲気でいささか重苦しいように思ったのと、当サイト未登場の作曲家ということもありこれにしました。ファニーは歌曲作家として近年評価が高まっており、他にももっとよい作品がありますので、機会がありましたらまた取り上げるつもりです。
演奏はクララ・シューマンの歌曲全集も録音している中国のソプラノ、ラン・ラオによるもの(アルテ・ノヴァ)。伸びやかで癖の無い美声が好ましい歌唱です。
( 2006.03.25 甲斐貴也 )