長い夜




「なぁ、そろそろ起きたら?」
心地よい聞き慣れた声がどこからか降ってきた。
いったい何時だろう?瞼を通して感じる明るさから、もうかなり陽が高いようにも思える。
思わぬ仕事の依頼を受けてしまったせいで、帰宅したのはてっぺんをまわった深夜というよりは今朝だ。
あちこち走り回ったおかげで汗だくだったし、せめてシャワーだけでも浴びたくて、バスルームへ飛び込んでさっと汗を洗い流し、 健康のためだ!とうるさいアイツに勧められたお水とサプリメントを摂取して、 ちょうど良い温かさのベッドに潜り込んだのは、白々と夜が明けかけた頃だった。
(結構寝れたかな?でももうちょっと寝たいカンジ・・・)
「体内時計狂っちゃうぞ?」
ユサユサと体を揺さぶられても、全身が重たくてとても起きられそうもない。
「・・・ムリ。カラダ、だるくて・・・」
ブランケットを巻き込んで反対を向いてやる。すると背後でギシリとベッドが軋み、眉間の辺りに柔らかく温かな感触がした後チュッと音がした。
目尻、そして頬を、くすぐったい感覚と軽く吸い付く音が移動する。
(その手にはのらないんだから)
ミリアリアは身体にぎゅっと力を入れ首を竦めた途端、耳にヌチャリという音と共に生温かな感触に襲われた。
「うっ・・・」
ギリギリのところで声を殺して身体を強張らせるが、舌が耳を這い回るのを止める気配はない。
「くぅ・・・っ、分かった!起きる!起きるからもう勘弁してぇっ!」
堪らず膝をすり合わせながらもなんとかその誘惑を振り切り、身体を丸めたままミリアリアは声を張り上げた。
するとすうっと耳朶から熱が引いていくのと同時に、めずらしく素直に彼女の要望を聞き入れられたことに、ちょっぴり寂しい気もした。
「りょうーかい。早く起きてきな、サンドウィッチ作ったからさ」
「はーい・・・」
ミリアリアは枕に顔を埋めたまま返事をすると、足音が遠のきドアの閉まる音が聞こえた。
(サンドウィッチ?・・・ああ、そうか)
今日はディアッカとビーチへ出掛ける予定を入れていたのだ。
今住んでいる家からビーチはさほど遠くはないが、近いとはいえない。 歩けば一時間ぐらいはかかるかもしれない。
最近の彼は運動不足なのだそうだ。望みもしない予想外の昇進をしたおかげで仕事内容はデスクワークばかり。勤務時間もよほどのことが無い限り定時に帰宅が出来る。
『オレって下働き向きなんだよねぇ。だってさ、尽くすタイプじゃん?』
どの口がそういうのか?確かに、間違ってないこともないが・・・。
今日はめずらしく出た彼の要望をかなえる約束をしていたのに。
本当はランチくらいさっと作って、準備万端で彼を起こすくらいなのがカワイイ奥さんなのだろうケド、 やろうと思うだけで行動に移せない自分が情けない。結構似たような事が日常的なだけに、本当に彼に申し訳ない。
そんな自分は仕事が軌道に乗り、同業者の繋がりも出来てきた今日この頃だ。フリーが忙しいのは、ジャーナリストとして認められたという証。ありがたいことなのだ。
この大事な時期に中途半端にやめるわけにもいかず、ついつい彼の寛大さに甘えてしまっている。
(ごめんね・・・、今、起きるから・・・)
ミリアリアは起きてからの自分の身支度をいかに早くできるかを脳内でシュミレーションをし始めた。



「あ」
起きたらまず洗面所に向かって、化粧を済ませて、服を選んで、あ、その前に日焼け止めを・・・と、そこまで考えたところで、暫くシュミレーションがストップしてしまっている事に気付いた。
「・・・いけない、起きなきゃ・・・」
ごしごし眠い目を擦りながらと重い瞼を開くと、カーテンが大きく開いた窓から斜めに差し込む陽の色の変化に思考が止まった。
重いはずの身体を跳ね上がるように起こし、枕元の時計に目をやる。
「やだっ!」
ミリアリアは乱れた服を直すことなくそのままベッドを飛び降り、寝室の扉を勢いよく開く。
「あ、おはよ、・・・じゃないな、おそよう」
分厚い本を手にソファに深く座ったディアッカが、バタバタと部屋へ駆け込んできたミリアリアに向かってニッコリ微笑んだ。
「ゴメン!二度寝するつもり無くて・・・」
ミリアリアは自分の情けなさにホトホト呆れつつも、まずはディアッカに謝らねばと顔の前で両手を合わせる。
「いいってて、疲れてたんだろ?ビーチに散歩はまた今度なっ」
ディアッカは読んでいた本を閉じ軽くウィンクしてみせると、ミリアリアはへなへなとその場に座り込んでしまった。
「・・・・ちゃんと起こしてくれればいいのに〜」
ソファに座ったまま長い足を組み直すディアッカを、彼の足元で上目づかいに見上げる。
ディアッカは「はぁ〜あ」と深く溜め息を漏らすと閉じた本をサイドテーブルに放り投げ立ち上がった。
「めちゃくちゃ揺すって起こしたさ。起きなかったんだけど。死んでんじゃないかって心配になったぜ?」
「そ、そうなんだ・・・ゴメン」
「だから疲れてたんだろ?また今度。さ、メシにしようぜ!」
ディアッカは座り込んだままのミリアリアの腕を掴み立ち上がらせると、ダイニングテーブルへ座るよう促せた。
ディアッカに促されるままに素直に椅子に腰掛け、しょんぼり肩を落としたミリアリアは、ふとテーブルの上に籐製の箱が置いてあるのに気付いた。
そおっとその蓋を開けると中にはサンドウィッチやべーグル、果物が丁寧に詰め込まれてある。
「すごい」
「なかなかだろ?」
キッチンに消えていたディアッカが二本のビールと食器を手に戻ってきた。
「うん!すごく美味しそう!」
「どうぞ召し上がれ」
ミリアリアは目を輝かせながらサンドウィッチを手に取り、大きく口を開いて頬張る。
「やだっ!おいしい!」
丸一日なにも食べていなかったせいもあって、ディアッカ特性のランチボックスはあっと今に空になった。



「そろそろ寝るよ」
少し早い夕食を済ませた後、二人はリビングのソファに座り、本を読んだりテレビを見たりしながら各々にくつろいでいた。
ディアッカに声を掛けられたミリアリアは時計に目をやると、既に明日になろうとしている。
「そうね、休みましょうか」
珍しく二人して一緒に寝室へ入り、互いに顔を見合わせながら「おやすみ」と目を閉じた。
暫くすると、隣で横になっているディアッカからはスウスウと寝息が聞こえ出す。
(もう寝ちゃったの?家事なんかさせて疲れさせちゃったわよね)
食事後、ランドリーボックスを覗いたら洗濯物が一つも残されていなかった。
部屋中をよくよく見回せば、きちんと片付いている。
彼のことはマメな人だとは思っていた。いろんな意味で。そのうえ器用ときている。
もともと家事は分担にしようと互いに相談して決めてはあったが、 仕事による拘束時間が彼よりも自分のほうがはるかに長いこの頃のおかげで、家の中のことをほとんど彼にやらせてしまっている。
(どっちが奥さんかわかんないわよね・・・)
彼の穏やかな寝顔を覗き見てフッと苦笑する。
ミリアリアは仰向けになると、一つ息を吐いて静かに目を閉じた。
しかし、そのうちにコチコチとアナログ時計の秒針が時間を刻む音がやけに耳について落ち着かない。
何度も寝返りをうつも、ちっとも睡魔がやってこない。むしろ冴えるいっぽうだ。
(寝すぎだわ・・・)
「あ〜ぁ」
ミリアリアは小さく呟き身体を反転させると、何かがキラリと光り思わず息を呑んだ。
スヤスヤと寝息を立てていたはずのディアッカが、こちらをじっと見ていたのだ。
「眠れない?」
「ご、ごめん。起こしちゃった・・・?」
「そういうわけじゃないけど・・・」
ディアッカはそろそろと手を伸ばし、ミリアリアの髪をやさしく梳かす。
「最近は緊張感が無い上にあんまカラダ使う仕事じゃねーし、筋トレぐらいじゃたいした運動になんないだろ?あんま夜眠れなくってさ」
髪を梳かしていた手のひらが頬に下りてきて、今度は頬を撫でる。
ミリアリアはそっと自分の手を重ねた。
「・・・今日、ごめんね」
「ん?気にすんな」
あっという間に視界が暗くなり、チュッと音を立てて唇が離れていった。
「でも・・・」
薄暗い部屋の中で心底申し訳なさそうな表情を向けるミリアリアを優しく見つめていたディアッカだったが、突然、何かを思いついたように目を見開くと、ニヤリと口の端を持ち上げた。
「じゃあさ、運動、付き合ってくれる?」
ゆっくり上半身を起こしたディアッカは、片膝を立てて座りミリアリアの顔を覗き込む。
「うっ、運動?運動って・・・」
その表情からだいたいナニを考えてるのか分かるような気がする。
今日は自分がダラダラと寝て過ごしてしまったせいで、海辺へ出掛ける予定をおじゃんにしてしまったうえに、家事もさせてしまっている。
ランチは気合を入れて作ろうと思っていたにも拘らず、彼自身に作らせてしまった。しかもウマイ。
どうせ眠れないのだし。
そしてなによりも、彼の言う「運動」をすることをイヤではないと思っている自分がいた。
いい?と首を傾けてそんなふうに微笑まれたら、拒否などできはしない。
ミリアリアが小さく頷くと、ディアッカは嬉しそうにティシャツを勢いよく脱ぎ捨て、どんなに見つめても飽きる事ない紫の瞳が近づいてきて、自分も瞳を閉じた。
チュッと一度触れて離れた後、またスグに唇が重ねられる。ミリアリアは覆いかぶさるディアッカの広い背中に、そっと自分の腕を回した。
何度かそれを繰り返した後、歯列を割って舌が差し込まれ、生き物のように口腔内を動き回る。
いつもはもう少し焦らすようにされるのに、今日は休みなく攻め立てられているようだ。
「ん・・・はぁ」
ミリアリアは荒く激しい口付けに、息苦しさから思わず顔を逸らした。
すると剥き出しになった首筋にディアッカの熱い唇が吸い付く。
「あっ」
きつく吸い上げられた後ぬらぬらと舌が這い回り、ノースリーブの肩紐を片方だけずらし、顔を出した柔らかな膨らみを掴み上げられる。
「あうっ・・・」
ゆるゆると揉み上げられ体を捩らせた隙を狙い、もう片方の肩紐を肩から外し同じように掴まれ、 両手で強弱をつけて撫でられながら、固くなった頂は唇で挟み舌先でチロチロと刺激される。
「・・・あぁんっ」
ミリアリアは柔らかな金髪に指を絡め大きく声を上げてしまう。
ゆっくりではあるが知り尽くされた彼女の感じる部分をディアッカは確実に押さえながら、大きな手のひらはまるで生き物のように動く。
それは感触を確かめるように柔らかな膨らみから腰へ、そして下腹部へ移動する。
「ひゃっ・・・ん」
彼の長い指は迷うことなく、ミリアリアの期待通りに熱い部分に埋め込まれた。
いつももったいぶるようにされる行為が、今日は次々に与えられる快感に浸る間もなく敏感になった部分を刺激され、少々戸惑いつつも波はどんどんと押し寄せ、ミリアリアはあっという間に達してしまった。
ディアッカは未だ快感の余韻に身を捩じらす彼女を楽しげに見下ろす。ミリアリアはそんな彼を恥ずかしげに見上げながら、荒い息を必死で整え、目の前の胸を押した。
ディアッカは不思議そうな表情でミリアリアの顔を覗き込みながらも、彼女のされるがままに身体を起こすと、ベッドの真ん中で互いに向き合うような形で座った。
「ん?どした?」
ミリアリアはディアッカの顔を見つめ小さく微笑み、ゆっくりと身を屈める。
「・・・・っ!・・・はぁ・・・」
予想外だったのか?ディアッカは息をのんだ後、全身の力が抜けるかのように息を吐いた。
反り勃ったそれにやんわり手を添えられ、彼女の小さな唇はすべてを呑み込んでは吐き出す。そして几帳面な性格からか?括れや根元も、舌先を柔らかくさせたり尖らせたりしながら、しっかりと刺激する。
時折り、彼の反応を覗き見しつつ、ミリアリアはできるだけ優しく丁寧にその行為を続けた。
頭上から零れる甘い呻き声に調子づいてきていた頃、突然、ミリアリアの唇はそこから引き剥がされた。
「出ちゃうデショ?」
せっかく楽しんでいたモノを取り上げられた寂しさにミリアリアは彼の顔を少々不満げに見上げると、ディアッカは困ったように苦笑していた。
しょうがないなぁと思いつつも次の瞬間には押し倒され、大きく左右に足を広げられる。
ひんやりとするその部分に熱い彼自身があてがわられ、温かいと感じた瞬間に一気にそれが埋め込まれた。
「あぁ・・・」
浅く出し入れされるだけで物凄く気持ちがいい。 何度か繰り返されるその動きに、ミリアリアはもうそれだけでおかしくなってしまいそうだった。
すると突然、ピタリと動きが止まってしまう。
(えっ・・・?)
快感に酔いしれ、閉じていた瞳を開き我に返った時、耳元に熱を感じた。
「しっかり掴まって。離すなよ」
(なに?)
そう思った瞬間にフワリと浮遊感が、そして次に前進を貫く衝撃が走った。
「あぁぁっ!」
ミリアリアはその感覚に驚き、反射的に身体が弓なりに仰け反り、 慌てて彼の首に手を回すがそのまま後ろへ倒れそうになってしまう。しかし、しっかりと彼女の背中と腰に回したディアッカの腕に支えられ、かろうじて背中を殴打する惨劇は免れた。
「あぶねっ!ちゃんと掴まれって言っただろ?」
唇が触れそうな距離にある顔がクスリと笑う。
ミリアリアはディアッカの首にきつく絡めた腕を緩めつつ、辺りを見回し現状を確認すると、思わず絶句した。
繋がったままディアッカはミリアリアの身体を抱え、ベッドから降り、直立していたのだ。
「ちょっ・・・とっ!ヤダっ!降ろしてぇっ!あんっ」
突然、身体を揺さぶられ繋がった部分から全身に快感が広がる。
「運動、付き合ってくれるんだろ?」
「そんなっ・・・やぁ」
重力のおかげで一番深い部分まで彼が入り込んできている刺激は、身体を揺さぶられるたびに更に強く与えられ、かなりきつい。
それでもしっかりと抱えこまれてるせいで逃れる事は出来ない。
(コレが運動?)
確かに自分を抱えたまま直立でのこの行為はいい運動なのかもしれないが?何よりも自分の身体が重くはないかと気になってしまう。 しかしそんな彼女の心配をよそに、ディアッカははまるで楽しむかのように身体を揺さぶる。
「あっ、あっ・・・」
延々と続くその行為に、必死に彼にしがみつく腕が徐々に痺れ始めてきていた。
「ディアッ・・・、もう、腕が・・・っ!」
力がなくなってきたうえに、互いの身体からにじみ出た汗で肌が滑る。
「あっ、落ちゃうっ!」
すると突然、彼の首に回していた腕が不意に解け、背後へ倒れていく。
「きゃぁっ!」
バスっという音と共に、ミリアリアの身体はベッドに倒れこんだ。それと同時に互いの身体が離れる。
「はぁ、はぁ、はぁ、・・・」
オーガズムとは違うそのおかしな感覚にミリアリアは困惑した。
「ゴメンゴメン、ちゃんと最後までするから・・・ね」
戸惑うミリアリアではあったが、ディアッカに片足を抱え上げられ、身体を滑り込ませて再び互いを繋がらせると、先程とは違う律動が始まる。
小刻みに、そして激しくされるその動きに、ミリアリアは瞬く間にのぼりつめ彼自身をきつく締め上げ、彼は最奥に押し込めすべてを吐き出した。
「フゥ〜・・・」
尋常ではない汗を流しながら、ディアッカはミリアリアと並んで仰向けに倒れこんだ。
「・・・やっぱり、重かった?」
額に垂れる髪を乱暴に掻き揚げるディアッカを、ミリアリアはチラリと横目で除き見る。
「ぜんっぜん!つうか、軽すぎて運動になんねぇ」
ディアッカは頭をクシャクシャと掻いた後、勢い良く身体を起こしミリアリアの身体に覆いかぶさるように跨ると、 正面からまっすぐに彼女の顔を見下ろした。 どぎついほどに色気を帯びた紫の瞳にみつめられると、未だにドキリとしてしまう。
「な・・・、なに?」
「やっぱさ、セックスは普通にするのがいいね」
徐々に近づくそれに、あぁ、吸い込まれそうと思っているうちに、 「もうちょっと付き合って」 と甘い声が降ってきて、やっぱりイヤとは言えず、そこからはもう何も考えられなくなっていった。





駅弁・・・ゴメンナサイ、悪ノリしすぎました・・・