夢
みんな誤解している。 私とディアッカが、良い雰囲気だと噂が流れてしまっているようだ。 たまに、すれ違うクルーが私を横目に、ヒソヒソと何か小声で話しているのを耳にすることもある。 そしてことあるごとに艦長は、ディアッカへの用事を私に託す。 彼女は言う「あなたにお願いすれば確実だから」と。 私じゃなくてサイでも確実だと思うけど。 そのちょっと含みのある言い方がまた、気分が悪い。 (艦長は味方だと思っていたのに) 最近では、休憩中にディアッカがやってくると、サイまでもが遠慮するかのようにその場を立ち去る始末。 少し前までは、違う意味で居心地が悪かった艦内が、 ここのところヒソヒソ声が耳に入ってくるおかげで、ブリッジ以外はなるべく人のいない場所を探して歩く。 今日も気分が悪い。 またしても艦長からの言伝を預かってしまったミリアリアは、渋々ディアッカがいるであろう場所へ向かっていた。 彼のシフトは把握している。 もう深夜だ。きっと自室で休んでいるだろうと考え、居住フロアをめざす。 自分と彼が良い雰囲気と言われるのは心外だった。 遠まわし、イヤ、最近は結構ダイレクトに伝わってくる彼の気持ちはわかっている。 この間はキスをしてしまった。 あれはなんとなく雰囲気に流されてしまって、結果ああなっただけ。 あの時は、心身共に弱っていたと自覚している。 愛とか恋とか、その類のものとよばれるのとは違う。 けれども、あの時、心が気持ち良かったのは事実だった。 (でも、そういうのとは違う) ディアッカの部屋の前で、ぎゅっと自分の体を抱き締める。 気を取り直すように背筋をピンと伸ばすとドアをノックした。 「ディアッカ?艦長から・・・」 ロックされていない不用心なドアがエアの音とともに開くと、そこには自分の目を疑う光景があった。 ミリアリアは、ナニが起きているのか理解できなかった。 自分でも驚くほどゆっくりと瞬きする向こう側の景色の意味がよく分からない。 棒立ちするミリアリアの前には、しっかり抱き合う男女の姿があったのだ。 苦しい。呼吸ができない。 手を固く握り締めるけど、痛みがない。 ドクドクと頭に心臓があるのではないかと思うくらい脈を打つ。 そのうちにしっかり抱き合う男女が自分に気付き体をずらすと、二人同時にこちらを振り返る。 男と同じ服装のショートカットの女の子がジロっとミリアリアを見ると、するりと横を無言で通り過ぎた。 去っていく彼女の後ろ姿を茫然と見つめていると彼は言った。 実は僕にはもう一人恋人がいる。 でもこれだけは信じてくれ。君とのキスは彼女のとは違うんだ。 どうしてかは今は言わないでおくね。 何を言っているんだろう。 ダレとダレが恋人なの? 頭が痛いよ。 助けて。 「ミリアリアだいじょうぶ?」 突然、辺りが静かになり、目の前には少し前にキスを交わした男の顔があった。 「ちょっと熱あるな」 額に冷たい感触があたる。 自分の部屋のベッドに寝かされているのではないと気付くと、ミリアリアは我に返り体を起こした。 「おい、急に起きるなよ!」 自由が利かない体を支えられる。 「びっくりしたよ、寝てるトコ起こされたと思ったらドアの前に倒れてんだから」 ゆっくりとベッドに横にされると、意識がしっかりしてくるのがわかった。 「私、艦長から言伝を・・・、それでここに来たら、アンタが女の子と・・・」 「はあ?寝ぼけてんの?医務室行くか?」 ゆっくり首を左右に振って意思表示を示す。 動きたくない。というか動けないと思う。 そう言葉で言うと、きっとこの男は私を抱えて医務室に向かうだろう。 そんなことになれば、深夜とはいえ誰かに見られでもしたら、 また噂が大きく歪んで広がっていくに違いない。 だったら、しばらくここで大人しくしていたほうがマシだと思った。 「ここんとこ戦闘続きだったもんな。疲れてんだな」 ディアッカはベッドの脇に座り込み、足元から毛布を引っ張り上げると、首まですっぽりと掛けられた。 寒くないかと心配そうに顔を近づけられ、思わず自ら毛布で顔を覆ってしまった。 「オレが女の子となんだって?」 布越しに聞こえる声は、少し笑いを含んでいるように聞こえた。 「アンタがM1の女の子とキスをしてる・・・、夢を見たんだと思う」 「へえ、楽しそうな夢だね」 愉快そうに言うその顔を睨みつけたくなったミリアリアは顔半分だけ毛布から出す。 「オレも見たいねぇ、そんないい夢」 ただでさえ熱で顔が熱く感じるのに、さらに熱さを増す。 ミリアリアの反応がおもしろくてたまらないとばかりに、ディアッカはペロリと舌を出した。 その仕草に腹がたった彼女は、精一杯の力で毛布から出した腕をその男めがけて振り下ろす。 ひょいといとも簡単によけると、薬を取ってくると言って彼は部屋を出て行った。 (くやしい) 夢でよかったと安心する自分がここにいる。 いつのまにか、後戻りできない感情が自分の中に湧き上がってきていることに気付いてしまった。 認めたくない。認めない。 これが恋とか愛とかそういう類のものでないことを。 熱で朦朧とする意識の中、ぐるぐると頭で自分の考えを巡らせながらも、 少し前に感じた心が気持ちよかった時の匂いを思い出していた。 ミリアリアは毛布の中で体を丸めると、知らず知らずのうちに深い眠りに落ちていった。 |