想い



「アンタはさ、キラのこと許せるの?」
「あ?」
隣に座る少女は、コーヒーの入ったカップを握り締め、呟いた。
「ブリッツのパイロットを殺してしまったキラを許せる?」
大きな瞳がユラユラと揺れながら、こちらに向けられた。
「許せるかっていったら、許せないかな?」
長い睫にその大きな瞳を伏せられてしまう。
もっと見ていたかったのにな。
「だけどさ、悲しいけど、戦争なんだよね」
再び、その瞳に自分の顔が映し出される。
「復讐とかよりも、亡くなっていった奴等の死を無駄にしないためにも、
 終わらせなきゃって思うようになったかな」
彼女が小さく微笑んだ。
そのガラス玉に映った俺も、笑っている。
「私もそう思う」
ミリアリアは俯くと静かに体を傾け、こつんと頭をディアッカの肩にもたれかけた。
こっちが驚いて身を引きそうになったが、少しかかる彼女の体重を受け止める。
鼻先にある髪から香るシャンプーの匂いと、じんわりと伝わるミリアリアの体温に、
脳が侵食されていくようだ。
ディアッカはゆっくりと背中から手を回し、包み込むようにそっと肩に手をおいた。
いつもの彼女なら、突き飛ばされるか、罵声をあびせられるか、どちらも覚悟はしていたが、
今日はそのどちらもない。
それどころか、全体重を預けてくる。
「だけど・・・、そう思っても、ツライ時があるの・・・」
するとそのうちに彼女の頭がゆっくりと自分の胸元に滑り込んできた。
この状況はどうしたもんか。
いつものようにつっぱねてくれたなら、それに応じた態度をとるまでのこと。
こんなふうに懐に入り込んでくるなんて、想像すらしたことが無かった。
相手がミリアリアなだけに、調子が狂う。
「ツライときはさ、ツライって言えよ」
自分が戸惑っているのを悟られないように、精一杯優しい声をかける。
「・・・うん」
この場所は静か過ぎる。
鼓動が早まる自分の心臓の音が、彼女に聞こえてしまうのではないかと思ってしまう。
(ガキじゃあるまいし、女の子の肩を抱いただけでどぎまぎするなんて、らしくねえ)
そう思いながらも、そうっと彼女の頭に頬をのせてみる。
静かに目を閉じると、ミリアリアの脈打つ音が聞こえてくるようだった。
「怒って、怒鳴って、もっと言いたい事を言えばいい」
そうさ、もっと甘えればいい。
そのうち頬の下で、グズっと鼻をすする音がしだす。
「泣き虫」
「うるさい」
肩に置いた手を腕にずらし、ゆっくりさすってやる。何度も何度も。
展望室のベンチシートに二人だけ。
どうか誰も入ってこないでくれと、神様なんぞ信じてはいないが今ばかりは願ってしまう。
しばらくそうしていると、ちっとも嫌がる様子でない彼女が、
今、どんな顔をしているのか見てみたくなった。
彼女の頭から頬をずらし、そっと顔を覗き込んでみる。
伏せていた長い睫がゆっくり開くと、涙に濡れたそこにはまた自分の顔が映った。
たまらず顔を近づけ、彼女の頬に自分の唇で触れてみる。
柔らかい。想像以上に柔らかい。
もう少しその感触を味わいたくて、角度を変えると唇をずらし撫でてみる。
するとミリアリアの体がピクリとしたので、顔を離した。
目が、恥ずかしいから見ないでと訴えている。
デイアッカは彼女の手からコーヒーの入ったカップを取り上げ、自分の座る脇に置くと、
今度はすかさず、その目の前にある唇に自分の唇を重ねた。
いけないと分かっていても、止まらなかった。
一度離し、今度は下からすくい上げるように口付ける。
頬よりもずっと柔らかいその感触に、眩暈がした。
薄く目を開け目の前にある彼女の顔を覗き見ると、彼女も瞳を閉じていた。
涙を流していないことにホッとする。
どれくらいそうしていたか、ディアッカは我慢できず舌先で彼女の上唇をなぞってみる。
「ん」
ミリアリアは声を漏らし、胸に手を押し当ててきた。
調子に乗りすぎたかと、唇を離してやる。
突き飛ばされるかと思ったが、両手を膝の上で握り締めると俯いてしまった。
きっと頬を真っ赤に染めてるんだろうと勝手に想像して、
目をあわさないようにまた元のポジションに頭を戻す。
「寂しくなったらさ、いつでも呼んでよ。・・・飛んできてやるからさ」
「・・・キザ」
そう言うと、クスクスと笑い出した。
コッチのほうが慰められてるなんて、わかんないんだろうな。
ミリアリアが喜ぶんなら、どんな歯の浮くキザな言葉でも吐いてやるよ。
これから、いつまでか分からないけれど。
(いつまで?いつまでなんだろう?)
スッと胸のあたりが冷える。
ありがとうとミリアリアが自分から体を離すまで、ディアッカはずっと、彼女の腕をさすり続けてやった。