When YOU go your way and I go MINE
ナチュラルとコーディネーターの争いは停戦を迎え 地球へ下りたアークエンジェルは、オーブに収容された。 サイとミリアリアは、艦長のはからいでクルーの中で最も優先的に退艦することとなり サイはすぐに復学という形でカレッジに戻ったが、 ミリアリアは家族の元に帰った後、外に出ても家の周りを散歩する程度で 家に引き籠もることがほとんどだった。 食事もまばらで、毎日ただただぼんやりと窓枠から見える景色を眺めて過ごしていた。 (アークエンジェルにいた頃の方が、体に気を付けていたな) ベッドに寝転がったまま、白い手首に青く浮きあがる血管を眺める。 せっかく生き延びて、故郷に戻ることができたのだ、 常夏の島人らしく日焼けでもしたらいいのだろうけれど、とてもそんな気にはなれない。 平和になったらやりたいことをたくさん考えていたのに、 今となっては、どうでもいいこととなってしまった。 たくさんの命が散っていく光景が、今でも目の奥に焼き付いて離れない。 なぜ私は生きている? なぜトールが、フラガ少佐が、バジルール中尉が、フレイが死んでしまわなければいけなかったのか? どんなに想っても、亡くなってしまった命が戻ることもないし、 どう考えても、亡くなった理由に答えは出ない。 私が生き残った意味。 ミリアリアは、指を精一杯広げた手の平を天に向かって延ばしてみる。 「教えて、トール」 なぜ私は生きている? 「久しぶり、元気・・・じゃないみたいだね」 青白い肌をした彼女を見て、苦笑する。 ミリアリアがほとんど外出をしていないと、両親づたいに聞いたサイは、時々様子を見にやってきていた。 「サイは?学校どう?楽しい?」 「まあまあだね。たまにノイマンさんに会って、勉強をみてもらったりしてるんだ」 ミリアリアは久しぶりにアークエンジェルのクルーの名前を聞いて、懐かしい気持ちになる。 「クルーの皆と会ったりしてるんだ?」 「あぁ、あとマードックさんとか。あ、このあいだはディアッカにもちらっとだけ会ったよ」 その少年の名前を聞き、ドキリとする。 彼は終戦を迎えた後、アークエンジェルと共に地球に下りてきたのだ。 カガリの援助もあって、オーブで暮らしているとは聞いていたが、艦を降りてからは一度も会っていない。 果たしてここで暮らすことは彼にとって幸せなのだろうか? 余計なお世話と言われそうだけれども、自分の事を棚に上げ、時々、彼のことを思い出しては考えていた。 「アイツ、元気だった?」 ミリアリアの問いにサイは驚く。 「ミリィ、彼と会ってないの?」 「なんで、私がアイツと会うの?」 「アレ?違うの?」 ミリアリアはムッとする。 「何が?」 「いや、なんでもない」 サイは口元に手をやるとやれやれとため息をついた。 二人はたわいもない話を少しした後 「余計なお世話かもしれないけど、もうちょっと外に出たほうがいいよ」 と言い残し、サイは帰っていった。 みんな新しい生活を始めている。 ディアッカも、彼なりに考えてオーブに身を置いている。 私もいつまでも過去に心を置き去りにしたまま、動きだせないでいてはいけない。 私にできること。 私の生きている意味。 ふと動かした手に、サイが置いていってくれた雑誌があたる。 (女性向けファッション誌、旅行雑誌に、これはメディア情報誌?) 今時珍しいモノクロの写真の特集だった。 雑誌にしては、少し値段の高そうなつくりの本のページを、一枚ずつめくってみる。 そこには、戦火を逃れ、未だ手付かずの自然が残った景色の数々が載っていた。 どこまでもピントのあったその写真は、平面の枠の中に奥行と空間を感じ、 あたかも自分がその場所に立っているかのような錯覚にとらわれる。 モノクロなのに色彩を想像させる写真に、いつのまにかミリアリアは引き込まれていた。 「きれい」 サラサラと雑誌にしては上質の紙の上を撫でる。 ふいにいつもぼんやり眺めているだけだった窓枠へ目をやると、ベッドから立ち上がり何日間ぶりに窓を開けた。 久しぶりに潮の香りのする空気を思い切り吸い込んでみる。 脳が冴える。 右手で筒を作ると、片目を閉じて望遠鏡を覗くように180度の見渡せる景色を、自分なりに切り取ってみる。 静かに脈を打っていた心臓が大きく音をたて始めた瞬間だった。 オーブは湿度も少なく温暖な気候で、小さな島にしては過ごしやすい国と近隣の国からも評判がいい。 復興中とはいえ観光客も多い。 そんな街なかのカフェで、ミリアリアは久しぶりにキラとサイと会うことになっていた。 テラスのあるオープンカフェで、一人冷たいジュースをストローで口に含むと、 道路の向こう側から、手を振る男性が二人が目に入った。 「ミリアリア、久しぶりだね?元気そうで良かった」 眩しそうに微笑むキラに続けて、サイも席につく。 「ホント、顔色が良くなった。家に篭りきりの時のミリィの顔、キラにも見てもらいたかったよ」 サイは、腕を組んで大きくため息をつく。 「ごめん、もうこのとおり大丈夫よ。やりたい事も見つかったしね」 白いブラウスの袖をめくり上げ、少しだけ付いた二の腕の筋肉を自慢げに見せる。 「わ、僕なんかよりずっとたくましいや」 心底驚いた様子で、キラは自分の体に手をやる。 「それ以上たくましくなっちゃうと、嫁の貰い手なくなっちゃわない?」 「え〜?知らない!」 ミリアリアは急に恥ずかしくなり、頬を赤らめ二の腕を隠すと、とたんに笑いがおこった。 三人は顔を見合わせ、戦争が起きる前の平和な時間を取り戻すかのように、 誰がどうしたこうしたと、会話が途切れる事がなかった。 もしかしたらここに、トールやフレイがいたかもしれないと思うと ミリアリアは、目の奥がジンと痛くなった。 「あ、そういえば、ディアッカがプラントに戻るんだってね?」 「え?」 突然のサイの言葉にミリアリアの目の色が変わる。 「え?って、ミリィ、まだ彼に会ってないの?」 「・・・うん、だって、会う理由が・・・」 口ごもる彼女に、二人は目を合わせ苦笑する。 出発の日を告げても、押し黙る一方のミリアリアに、 「見送りは行こうよ、一緒に戦った仲間なんだしさ」 と、サイは別れ際に時間と場所を書いたメモを強引に渡した。 ディアッカがプラントに帰る日、 ミリアリアはどんな顔をして会ったらいいのか散々悩んだが、意を決して見送りに出向くことにした。 アークエンジェル内では、毎日のように顔を合わせていたけれども、 会わない日が何ヶ月も続くと、なんとなく合わせづらくなってしまっている。 サイやキラに会ったときは、なんともないどころか嬉しかったのに、 ディアッカに対してだけヘンに意識している自分が、イヤだった。 しかし、今日、会うのが最後となる。 ヘンなこだわりを持っている場合ではない。 サイの言ったとおり、一緒に戦火を潜り抜けた仲間なんだ。 (挨拶ぐらいちゃんとしなきゃ) ミリアリアは頭を左右に振り、気を取り直すとオーブ官邸横にある飛行場を目指した。 カガリが通用門にはあらかじめ、見送りに来る人間を登録しておいてくれてるから 警備員に氏名と住所を言えば入れてもらえると、サイから伝えられている。 (本当に、こんなに簡単に入れてもらえるのかしら?) 門で恐る恐る名前と住所を言うと、警備員はカタカタとパソコンの端末に打ち込みをし、 目線だけでモニターとミリアリアの顔を見比べる。 こんな子供が場違いな場所にきていると思われているに違いない。 無理ならこのまま帰ろうと考えていると、目の前に一枚のカードが差し出された。 「鍵のかかっている扉は、このカードを差し込めば開きます。 ですが、入れない場所もあるのでご了承ください。一応、出るときにはここに戻してください」 無表情な警備員からそれを受け取ると、後から電話で聞いた待合室のある建物へ向かった。 飛行場には、一機のヘリが待機している。 「アレで、移動するのね」 ミリアリアはその横に隣接する建物へと入った。 そこは広くはないけれど、グレードの高いホテルのロビーのような アンティーク調のテーブルやソファが並んでいた。 しかし不思議な事に、時間通り来たはずなのに誰一人いないことに気付く。 (早すぎた?もしかして、遅すぎたのかしら?) サイから受け取ったメモにもう一度目を通し、辺りを見回してみる。 「よう」 突然、背後から声がかかり振り返ると、そこには赤いザフトの軍服を着たディアッカが立っていた。 ミリアリアが初めて見るその姿は、自分の知っている彼とはまるで別人で、物悲しい気持ちにさせた。 「見送り、来てくれないのかと思った」 ディアッカの言葉にミリアリアは首をかしげる。 「サイに聞いたから。皆は?私、早すぎたのかしら?」 キョロキョロと辺りに目をやるが、やはり彼以外には誰も見当たらない。 「皆?さっき官邸内で、派手に見送りしてもらったよ。サイもいたけど?あ・・・」 ディアッカは、何かに気付いたように無言になる。 「・・・あいつら、ヘンな気ィまわしやがって」 ドサっと大きな音をたてソファに座り込むと、視線を上へ下へ繰り返し動かすミリアリアに気付く。 「ナニ?」 「なんだか、知らない人みたい」 ミリアリアはディアッカと自然と距離をとってしまう。 「ヘン?」 「ううん、オーブの服より似合ってるわよ」 「そう?ミリアリアも似合ってるよ、その服。艦をおりる時に着てたヤツだよね?」 「うん」 「かわいいね」 「バカ」 頬を赤らめると、フイと横を向いた。 「座んなよ、出発までまだあるから。久しぶりに会ったんだから、ちょっと話そうよ」 ポンポンと少し堅そうなスプリングのソファーを叩く。 ひとこと「さよなら」と言って帰るつもりだったミリアリアだったが、 この場所に、自分ひとりしかいないとならば、帰るわけにはいかなくなってしまった。 ディアッカの言葉に、大人しく隣に腰を下ろす。 「ホントに戻っても大丈夫なの?」 「ああ、多少ゴタゴタはあるだろうけど、銃殺ってコトはないだろって。イザークが」 「イザーク?・・・あぁ、デュエルの?」 「そ、だから心配はしなくていいよ」 「別に心配なんか・・・」 彼がプラントに戻るという事を聞いたときは、正直、心臓が止まるかと思った。 わざわざ死にに故郷に戻るなんてどうかしてる。 勝手にそう思い込んでいたが、本人から大丈夫という言葉を聞いて、ミリアリアは内心ホッとする。 私が心配したところで、どうこうしてあげられるわけでもない。 彼にはプラントに家族も仲間もいるのだ。 外では、ヘリがプロペラを回し始め、離陸の点検が行われているようだった。 「オマエ、仕事始めたんだって?」 長い沈黙の後、ディアッカが口火を切った。 「えっ?」 「サイから聞いたんだけどさ、ジャーナリストって、危ない場所とかも行くんじゃないの?」 覗き込むように問いかけられ、ミリアリアは思わず身を引く。 「そ、そりゃ、いずれはフリーになりたいけど、まずは会社に所属していろいろ勉強しないとね。 そうなると仕事を選ぶなんてことできないし、私も女だからって特別扱いされたくないから、 そういう場所に派遣されることだってあるわ」 「おまえ、バカじゃねーの?」 いつか聞いたキツイ口調に、体が硬直する。 「せっかく生きて帰って来れたのに、わざわざ危険な場所へ自分から出向くなんて、 こっちは、命張って守ってやったのに何考えてんだよ?」 ミリアリアの頭の中でカチンと音がした。 「誰も守ってくれなんて頼んでないわ!それに、私の仕事の事はアンタには関係ないと思うけど!」 ディアッカはチッと舌打ちをしたあと、はぁーと大きくため息をつく。 「俺はプラントに戻る。もうお前のそばにいて守ってやる事ができないんだ」 ミリアリアの両腕をがっちりと掴むと、正面から見据える。 「頼むから、オーブでおとなしくしててくれよ。 じきに地球プラント間の行き来が自由にできるようになる日がくる。そしたら、俺は、おまえを・・・」 「冗談じゃないわ」 突然、ミリアリアは言葉をさえぎるように手を振り解くと、勢い良く立ち上がった。 「アンタ、いったい何世紀前の男よ? いまどき、待ってろなんて言われておとなしく待ってる女なんていないわよ! もしこの世にそんなカワイイ女の子が存在するなら、期待はずれね。私はそんな女にはなりたくないの」 ディアッカは、呆然とミリアリアを見上げる。 「ゴメン、違うの。そんなことが言いたいんじゃない」 ミリアリアは服の胸元をきつく握り締めた。 勢いで出た言葉とはいえ、言い過ぎたと思ったが既に遅く、次に伝えるべく言葉を冷静に吐き出すために、大きく息を吸う。 「アンタにはアンタの、私には私の道があるの。だから私のことは放っておいてよ」 ミリアリアはゆっくりと膝をついて座ると、ディアッカの右手を取り両の手でぎゅっと握る。 「アークエンジェルを守ってくれたことは感謝してるわ、本当にありがとう。」 しっかりと握る小さな手がとても温かく、ディアッカはそこから目が離せずにいた。 「じゃあ元気でね、・・・バイバイ」 その言葉と同時に手から熱が離れると、ミリアリアは一人、出口に向かって歩き始めていた。 ディアッカは、柔らかな感触の残った手を何度も握ったり開いたりしながら、 振り返ることのない彼女の背中を、扉の向こう側に消えていくまで見つめた。 パタンと扉の閉じる音を合図に、ミリアリアはキョロキョロと辺りを見回し、 周りに人がいないのを確認すると、その場に座り込む。 「もう、そばにいてお前を守ってやれないんだ」 耳に残るその言葉が、何度も頭の中でディレイする。 アイツにはアイツの世界がある。そして、私には私の世界がある。 ミリアリアは膝を抱え小さくなると、ヘリが飛び立ち、遠く聞こえなくなるまで、 しばらくその場所から動くこともできず、一人声を殺して涙を流した。 彼女はもう会うことのないであろう男の名をつぶやく。 「バイバイ、ディアッカ」 その日ばかりはうっとおしいほどの清々しい風が、さわさわと、ミリアリアの頬を撫でつけた。 |