意外だ


カチカチと、フロアボタンを何度も押す。
そんなことをしたところで、エレベーターが早く動くことはないが、彼女はそうせずにはいられない。
「あー、もう!」
エレベーター内でバタバタと足踏みをすることで、あせる気を紛らわす。
ミリアリアは今日に限って、目覚まし時計が時間どおりに鳴らず、寝坊をしてしまったのだ。
急いで身仕度をするが、朝食抜きは辛い。
勤務まで少しだけある時間を、クセの強い髪のセットにあてず、食事を優先させることにした。
やっと目的フロアに辿り着くと、エレベーターから飛び出す。
途中、すれ違うクルーとあいさつをかわしながら、食堂に駆け込むと、
突然、人にぶつかりミリアリアは派手に尻餅をついてしまった。
「すみません!」
イタタとお尻をさすりながら立ち上がろうとすると、それを手伝うように腕をつかまれる。
「おはよ」
朝からあんまり顔を合わせたくないヤツだった。
「ご・・・、ごめん」
彼は食事を受け取る列の最後尾に並んでいたのだ。
時間がずれるとこんなに並ばなくてはいけないとは、いつも早起きのミリアリアにとって、驚きの混雑ぶりだった。
既に後ろには列ができていて、抜けるコトも困難なほど。
(サイ、ごめん)
遅刻を覚悟し心の中で手を合わせると、渋々、ミリアリアはそのまま行列の一部となった。
「今から食事?遅くない?」
他の人ならそうでもないのだが、この男に聞かれると腹が立つ。
「目覚ましが鳴らなくて、寝坊しちゃったの!」
キツイ口調で言い放った後、横をむく。
髪型が気になって手櫛でなおすが、そんなに簡単に寝ぐせが治るわけでもなく、何度も両手で後ろ髪を押さえ続けた。
「目覚まし、みてやろうか?」
進行方向を向いたまま、声をかけてくる。
「・・・いい、自分で何とかなると思うから」
「そ」
会話が続くことなく、少しずつ進む列に並び続けた。
あと三人くらいで朝食を受け取るというところまできた時、食事を終えたクルーの一人が、目の前の赤いジャケットの肩を叩いた。
「よ、ディアッカ!悪いんだけどさ、後でオレのPCみてくんない?なんか、急に調子が悪くなっちゃってさ」
「いいよ」
「サンキュ、次の休憩時間にオマエの部屋へもっていくから頼むわ!」
「オッケー。どうせアンタ、PCでまたヘンなものみてたんじゃねーの?」
「バカ、違うって!」
アハハと笑いながら、そのクルーは食堂を出て行った。
見た事はあるけども、自分は名前も知らないし会話もしたことない人だった。
そのうちに、自分たちが朝食を受け取る順番がきた。
飲み物をトレーにのせながらキョロキョロと空席を探すと、ディアッカが手を振って自分の隣の空いた席を指差す。
一瞬悩んだが、今の自分はそんな悠長なことを考えてる場合ではなかった。
仕方なくその席に座り、周りのクルーに挨拶をしてから朝食を摂り始める。
「あ、そうそう、この前は助かったよ」
向かいに座っていた整備士が、ディアッカに話しかけてきた。
「ああ、たいしたことなくって良かったな」
「また頼むわ!オレ、ソッチ弱くってさー、じゃ」
整備士は、拝むしぐさをしたあと、笑顔で去っていった。
トレーを返却して出て行く整備士を目で追ったあと、ディアッカへ視線を移すと彼もこちらを見ていた。
「キラがさ、あっち行っちゃっただろ?そのシワ寄せ」
迷惑そうにため息をついてみせるが、そうでもないように見える。
確かに今、アークエンジェルにコーディネーターはディアッカしかいない。
以前キラがいたころは、重宝がられてあれやこれや仕事を押し付けられていたようだけれども、こんなカンジだったろうか。
「おーい、少年!アレ、オレの部屋にあるから後で取りにこいよ」
遠くからこれまた名前の分からないクルーに、声をかけられる。
ディアッカは手を挙げ、サンキュと返している。
(私の知らない間に、こんなに馴染んでいたなんて)
彼女の中に、嬉しいような寂しいような、不思議な感覚が押し寄せる。
「ねぇ、アレってなに?」
ディアッカは、一瞬、ギョっとしたあと苦笑する。
「ナイショ」
そう答えると、コップのお水を飲み干し、トレーをもって席を立った。
「えぇ?なんでよ!ちょっと、教えてよ!」
ミリアリアも、追いかけるようにトレーを返却口へ持っていく。
「だから、ナイショだって」
内緒といわれると、どうしても知りたくなるのが人間の心理。
さっさと食堂から出て行くディアッカの腕をつかんで、立ち止まらせると、
「あ、ディアッカだ!」
背後から女の子の声がかかった。
二人は同時に振り返ると、普段はクサナギに乗艦しているM1パイロットの少女達が立っていた。
「おはよう!」
メガネの子がにっこり笑い、金髪の子が手を振っている。
「昨日はありがと!」」
ショートカットのカワイイ子が、ウィンクする。
隣に立っている男の顔を横目で見上げると、ニコニコと微笑んで空いているほうの手で振り返していた。
なんだか言い知れぬ腹立たしさがこみ上げてきたミリアリアは、掴んでいた腕を放しエレベーターに向かって歩き出した。
「あ、おい!」
ディアッカは慌てて後ろを追ってくる。
「いやらしい顔してたわよ」
「はぁ?なんだそりゃ。ひょっとしてヤキモチ?」
覗き込んでくる顔がニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、いっそう怒りがこみ上げる。
「そんなわけないでしょ!」
ミリアリアは、ちょうどきていたエレベーターに乗り込むと、ディアッカの鼻先でドアを閉めた。

いつのまに、こんなにクルーたちと仲良くなっていたのだろう。
ついこのあいだに仲間になったばかりなのに、すでに溶け込んでしまっている。
アイツはコーディネーターで、ザフトの軍人で、しかも一番しつこくアークエンジェル追い回していたバスターのパイロット。
捕虜から仲間になったとはいえ、クセのある性格だし、きっと風当たりが強いだろうと心配していたのに、
いつの間にやら、自分以上にクルーたちとのコミュニケーションがとれている。
(は?心配?)
ミリアリアは、スカートの裾をぎゅうっと握り締めた。
「なんで、私がアイツの心配なんかしなくちゃいけないのよー!」
大声で叫んでみればすっきりするかと思えば、そうでもない。
このモヤモヤした気持ちをぶつける場所も相手もおらず、激しく頭をクシャクシャとかき乱してみる。
「はぁ」
ただでさえクセがついてヒドイ髪型がいっそうひどくなり、このまま部屋へ戻ってしまいたい衝動に駆られる。
「なんなのよぉ・・・、今日はぁ・・・」
気の毒な髪を、自分で慰めるように撫でてやった。