甘い誘惑


「アスラン、おまえ、ミーティングや呼び出しがある時以外は、アークエンジェルにくるな」
その場が一瞬にして静まり返る。
「なんだよおまえ!ザフトにいる時からの仲だろ?そんな意地の悪い事を言うなよ!」
金色の髪の少女が、怒鳴ってきた。
「オヒメサンには関係ない。俺はアスランに言っている」
「関係なくない!今はみんな仲間だ!  どうしてわざわざそういう波風立てるような事を言うんだ?おかしいぞ!」
「カガリ、もういい」
アスランは、まだ食いつかんばかりの勢いの彼女をなだめるように、両肩をつかむ。
「わかったか?」
言葉を吐き捨て、ディアッカはその場を離れた。


飲み物を取りにきたディアッカは、通路からでも食堂内が賑わしいのを感じ取れた。
中へ入ると、中央でオーブの姫が何やらクルーたちに配っていた。
「エターナルのラクスからの差し入れだ。たくさんあるからみんなで食べてくれ。  疲れたときはやっぱり甘いものだよな!」
彼女の傍らには、その荷物を運ばされたのかアスランとキラもいた。
「カガリ、疲れたときは甘いものって発想は、女の子だけじゃないのか?」
「そんなことはないぞ!ホラ、アスランお前も食べろ!いろいろ疲れてるだろ?」
二人は、やめろ、いらない、食べろと、やりあっている。
なんだありゃ?公衆の面前でイチャイチャしてやがる。
周りにいたクルー達は苦笑している。
(は・・・、アホらし。)
ジャケットのポケットに手を突っ込み、歩きながら食堂内をグルリと見渡してみる。
カガリたちを囲むように輪ができた場所から少し離れた場所に、 食事中のサイとミリアリアがいた。
「あ、ほらミリアリアにはコレ!女の子は特別だぞ!」
オーブの姫が、みんなとは形の違うリボンのかかった袋を、ミリアリアに渡した。
「・・・ありがと」
少し引きつった笑顔で礼を述べたが、姫は気付いてない。
サイも姫たちの騒ぎに気を取られてミリィの様子に気付かない。
「サイ、お先」
「ああ、また後で」
トレーを戻し俺とすれ違うときの彼女は、眉間にしわを寄せ瞳が揺れていた。


食堂を出ると、入り口スグ横に彼女は立っていた。
手には先ほどオーブのお姫様からもらったであろうビニールの袋を握り締めている。
「ミリアリア」
声に反応し体がピクリとしたが、こちらを向くことなくそのまま歩き出した。
頭をポリポリと掻き、彼女の後ろを黙って着いて行く。
多分、あそこへ行くのだろう。
よく一人でいるところを見かける、あの場所。

「どうしてあんなこと言ったの?」
「は?」
「アスランに、・・・この艦に来るななんて」
展望室のガラスに額をくっつけこちらを見ることなく、 話しかけてくるため表情がわからない。
きっと、今にもこぼれそうな涙を必死にこらえているのだろう。
一人なら遠慮なく流す事ができるのに、 今は彼女の逃げ場所にずかずかと、俺が入り込んでしまっている。
「オレ、前からあいつのことが嫌いなの。  むかつくんだよねぇ、あのエラソーな物言いがさ」
さらに距離を縮めて彼女のテリトリーに入り込んでみる。
「だからって、・・・よくないと思う・・・。仲間なんだし・・・」
俯いて、髪で顔が見えない。
どこまでイイ子ちゃんなんだろう?
自分はもっと傷ついているのに、それよりもあいつが傷つく事を心配してやがる。
お前の腹の中の言葉をせっかく代わりに言ってやったのに。
「関係ないっしょ?」
彼女の手からクシャクシャになったビニールの袋を、少し乱暴に取り上げる。
「これ、食べないの?」
リボンをほどき封を開けると、独特の甘い香りが漂った。
「あーあ」
我ながら、間抜けな声を出せたと褒めてやりたいと思った。
やっと彼女がこちらを向いてくれたのだ。
「ミリィが袋を握り締めるからさー、クッキーバラバラじゃーん?」
「ほんとだ」
蒼緑色の大きな目をぱちぱちさせながら、 袋の中の無残に砕けたクッキーたちを覗き込んでくる。
目のふちに溜まっていた涙が、瞬きをするたびに、睫の先から小さく散らばった。
どうにかしてやりたい衝動を抑え、クッキーのかけらを彼女の口にほおりこんでやる。
「んん?おいひー!」
「そ?」
自分も食べてみる。
「うぇ、すっげ甘い!」
「うそ!そんなに甘くないでしょ?」
今度は、彼女自ら袋に手を入れクッキーを頬張った。
「おいしいじゃない!」
「えぇ?甘すぎ!コーヒー飲みてー!」
大げさよとクスクス笑い出す。
「あんな雰囲気にしちゃったんだもの、しばらくは食堂に行けないわね」
まだクスクスと笑っている。
「あーあ。」
子供のように拗ねてみせると、
「しょうがない!私が取ってきてあげる。待ってなさい」
ミリアリアは、クッキーの袋をディアッカに渡すと、ウィンクをして展望室を出て行った。
(欲求不満かっつーの・・・)
何もしなくて良かったと胸をなでおろす。
キスでもしようもんなら、嫌われるのは一目瞭然。
しばし、その笑顔を見れただけで得したんだと心の中で言いきかせつづけることで、
ディアッカは、ヤバイ欲求を甘いクッキーとともに飲み込んだ。