チャンス


通路の向こうに、誰から頼まれたのか重そうなファイル数冊を抱え、
ひょこひょこ歩くピンクの軍服を見つけた。
この艦で、ピンクの軍服を着た子はミリアリアだけだ。
せっかく見つけたんだから、声をかけないわけにはいかない。
「あ」
細い腕に抱えたファイルがバランスを崩す。
床に落ちる寸前でオレがファイルを受け止めると、息がかかりそうなくらいの距離に彼女の顔があった。
「だいじょぶ?」
目が合うと、瞬く間にミリアリアの頬はピンク色に染まっていった。
(なんだこりゃ)
クスリと笑うと彼女は勢い良く立ち上がり後ずさる。
「・・・ありがと」
「こんなにたくさんドコに持っていくの?」
「倉庫」
彼女の顔は、まだ赤いままだ。
ファイルを全てミリアリアの手から取り上げ、自分の肩と脇に抱え歩き始めると、あわててオレを追いかけてきた。
「だいじょうぶよ、貸して」
両手を広げて差し出すが、無視して倉庫へ向かう。
「いいって、また落とすかもしれないじゃん?倉庫に戻る前にファイルがボコボコになっちゃうだろ?」
「う」
広げた手を見つめていたようだが、諦めたのか後ろをついてきた。
「重いでしょ?パイロットなのに休憩中にこんな雑用させて、ごめんね」
今日はえらく素直なんで、また顔がにやけた。
そんなに申し訳なさそうな顔しなくてもいいのに。

倉庫にたどり着くと、それはここ、これはあそこと、彼女の指示どおりにファイルを棚に戻していく。
あっという間に片付け終わると
「ありがとう、ホント助かっちゃった。何かお礼しなくちゃね」
人差し指を顎に当て、う〜んとうなる彼女を見ていたら、よからぬことを考えてしまった。
(いけね、顔に出ちまうな)
「あのさ、なんか本持ってたら貸してくれない?」
目をあわさないように先に倉庫を出る。
「なんでもいいの?」
彼女が横に並んで顔を覗き込んでくる。
「ん、ああ、なんでもいいよ。休憩してろって言われてもさヒマなんだよね〜?」
下心を悟られないように背伸びをするフリをしてあさっての方向を見た。
「わかった。スグ持ってってあげる。アンタの部屋で待ってて」
そう言い残して、ピンクの軍服が走っていってしまった。
部屋に持ってきてくれるなんて、珍しい事もあるもんだ。
食堂に寄ってコーヒーでも用意しておこう。

湯気が出るカップを二つ持って部屋の前に着くと、ちょうど彼女がやってきた。
「どうぞ」
ドアを開け、ミリアリアを先に中へ入れる。
「・・・おじゃまします」
キョロキョロと部屋を見回す彼女の後ろをついて自分も入った。
「なんにもないけどさ、コーヒーでも飲んでってよ」
椅子を出し、コーヒーを渡す。
彼女は素直に椅子に座り、小説らしき単行本を3冊差し出した。
「こんなのしかないけど」
「サンキュ」
3冊とも受け取り、自分はベッドに腰掛ける。
「アンタにはあんまりおもしろくないかな?」
「なんで?」
「ミステリーと、コテコテの恋愛小説だもの」
確かに、そんな類のお話なんて、このかた読んだ事がない。
「オレが、これ読むのってヘン?」
「ヘンじゃないけど、似合わないかも?」
フフとミリアリアが笑う。
「あ、でもコレはお勧めよ!すっごく素敵なお話なの」
目をキラキラさせながら、身を乗り出して一冊を指差した。
今まで、こんなもの読みたいと思ったことはなかったけど、彼女が絶賛する恋愛小説には興味がある。
じっと彼女の顔を見つめていたら、目が合った。
それまで、主人公がどうしたこうしたとあらすじを話していたのが、突然、押し黙ってしまった。
ミリアリアは椅子に深く座りなおし、コーヒーをすすり始める。
(見つめすぎちゃったか)
お勧めの一冊とやらをパラパラとめくっていると、彼女の目が一点に注がれているのに気が付く。
視線の先をたどると、ベッドの枕元に派手なポップの雑誌が目に入った。
(やば)
そう思ったのもつかの間
「ご、ごちそうさま。あたし勤務に戻らなきゃ」
ミリアリアは顔を引きつらせ、そそくさと出て行ってしまった。
一口だけ飲んだコーヒーカップが、テーブルの上でまだ湯気を上げている。
ベッドに力なく手を付き大きくため息をつくと、ミリアリアが釘付けになっていたモノに手を伸ばす。
その派手な表紙の雑誌はエンデュミオンの鷹から借りた、いわゆるエロ本。
「あ〜あ」
今日こそはじわじわ攻めようと思っていたのに、それどころではなくなってしまった。
こんなもののおかげで台無しだ。
つかんだ雑誌をゴミ箱めがけて投げようとするが、思いとどまる。
「大事なオトモダチだもんな」

その後、三日間、ディアッカはミリアリアに避けられることになった。