視線の先に…
連合軍はプラントに向け核を放ち、ザフト軍は連合艦隊に向け巨大レーザー兵器「ジェネシス」を放った。アークエンジェル、クサナギ、そしてエターナルは、その両軍の戦闘を止めるべく戦場へ赴くこととなった。 異常なまでの緊張感の中、アークエンジェル艦内はどこもかしこも騒然としている。 ブリッジ内も戦闘前の最終調整に入っていた。時折り、怒号が飛び交う事もしばしばある。ミリアリアも各所から入る通信の対応に追われていた。 ふとした瞬間に、次々に入っていた通信が、なぜかパタリと止んだ。 ふぅと一つ息を吐き、額に滲んだ汗を拭う。正直、溜まりに溜まった疲労がピークに達しようとしているのが分かる。それでも席を立つわけにはいかず、いつ何が起きてもいいようにモニター画面を見つめた。何か見落としているものはないだろうか?確認の意味もこめてぐるりと画面を上から下へ視線をずらす。 「ん・・・、大丈夫」 一番下の部分まで来たところで、二つの小窓で視線が止まった。一つはストライクのコクピット内を、もう一つはバスターのコクピット内を映し出している。どちらも機器類に火は入ってはいるがパイロットは搭乗しておらず、空席のままだ。 ミリアリアはチラリと艦長席に視線を移した。 つい先程、マリューは「ちょっとお願い、すぐに戻るから」と自分の肩を叩いて、ブリッジを出て行った。 (きっと、今頃、二人で・・・) フラガとマリューの事を思うと、少し羨ましいような気持ちになった。 彼らはクルー公認の関係だ。戦闘に出るまでの少しの時間、互いに励ましあうことに何も違和感はない。 ミリアリアは俯き、膝の上で両手をぐっと握り締めた。自分がこんなにも消極的で臆病な人間だったとは思いもしなかったからだ。 数時間前、ミリアリアはアークエンジェル内で思わぬ人間に会った。 彼女のなかで「苦手な人」となってしまったアストレイのパイロットの一人で、ショートカットの女の子。 確か名前はマユラとかいったか?彼女はミリアリアの姿を見つけると、ぱあっと顔色を変えスタスタと近づいてきた。 ミリアリアとしては彼女とは何も話したいとも思わないし、できれば放って置いて欲しいくらいだった。 いつのまにか本当に苦手な存在になってしまったのだ。 もし話しかけられたとしても、適当にあしらってさっさとその場を立ち去ろうと考えていた。 「お疲れさま。えーと、ミリアリアだっけ?」 彼女のその言い方に、ミリアリアはちょっぴりカチンとなった。 「・・・お疲れさま」 自分は今、明らかに不機嫌な顔をしていることだろう。 そんなミリアリアの表情を見るや否や、マユラは苦笑した。 「なんで、アナタがココにいるの?って感じかしら?フフッ」 彼女は少々意地悪そうに笑った後、ミリアリアの背後を指差した。 そこにはストライクがある。そしてその足元には、マードックにフラガ、そしてディアッカがいた。三人はなにやら話し込んでいる。 「エリカ・シモンズに頼まれて、ストライクのデータを取りに来たの。通信では出来ないからね」 マユラは振り返るミリアリアに並んで立ち、彼らをじっと見つめた。 「認めた?彼のこと好きって気持ち?」 「はぁ?」 あいかわらずしつこい。またからかわれているのだろうか?ミリアリアは堪らず腹立たしい気持ちで彼女を見つめた。 「違うの?」 そんなミリアリを彼女はきょとんとした表情で見ている。 「何を言ってるの?私はアイツのことなんてなんとも・・・」 口ではそう言うものの、胸の真ん中はチクリと痛む。 「私のことは・・・、アナタには関係ないじゃない」 深層を探るかのように視線を外さないマユラから、思わずミリアリアは目を逸らし俯いた。 「そう、じゃあいいのね?・・・・わたし、彼に言うわ」 「えっ?」 ミリアリアは再びマユラに視線を戻す。 「彼のことが好きなの」 自分を真っ直ぐに見つめる自信に満ちた彼女の瞳に、ミリアリアはまたしても目を逸らし、今度は身体ごと彼女に背を向けた。 自分には彼女のような魅力も勇気も無い。それに、彼への気持ちを認めたとしても、今はそんな時ではないと思うのだ。 ミリアリアはお腹の辺りでぎゅっと手を握り締めた。 「帰って・・・来られないかもしれないもの」 マユラが放ったその言葉にミリアリアははっと顔を上げ、振り返る。 「死んじゃったら、後悔も出来ないでしょ?」 「あなた・・・っ!死ぬなんて言わないで!」 マユラの声を遮るようにミリアリアは大きく声を張り上げた。 しまったと口元に手を当て辺りを見回すも、彼女たちの周囲ではそれ以上の怒号や機械音が響き渡り、ミリアリアの声などかき消されていた。 ミリアリアはホッと胸を撫で下ろすと、背後からクスリと笑い声が漏れ聞こえた。ミリアリアがゆっくり振り返れば、マユラは眉毛をハの字にさせ苦笑している。 「あなたがそんなに怒ることないじゃない?もしかしたらライバルがいなくなるかもしれないのよ?」 ミリアリアは困ったような表情のマユラに向かって一歩前へ出た。 「だめよ、死ぬなんて・・・。生きて・・・、必ず生きて帰ってきて」 大きな瞳を潤ませ見つめるミリアリアに何かを察したのか、マユラは申し訳なさげに微笑み返した。 「・・・ごめん。帰ってくる。じゃあ、また後で」 そうしてミリアリアの肩をポンと叩くと、軽く床を蹴って手を振りながらフラガたちの居る場所に向けて宙を流れていった。ミリアリアも手を振って見送った。 “死”という言葉が彼女の口から出た瞬間、眩暈がした。 MSパイロットである彼女は、激しい戦闘の最前線に出て行かなければならないのだ。もちろん戦艦に乗っているからといって自分達も安全とはいえない。むしろ攻撃が集中するやもしれない。 そう、“死”を意識しないわけにはいかないのだ。 ぼんやりと見つめる視線の先に、円陣を組んで話し込むパイロットたち。 “もう会えないかもしれない” 漠然とその言葉が頭をよぎった。 (後悔はしたくない。けれど・・・) ミリアリアの中で激しい葛藤がおきる。 すると話し込んでいたパイロットが一人、ふと顔をあげた。遠目でよく分かりはしないが、間違いなく自分を見ている。ミリアリアは再びお腹の辺りでぎゅっと両手を握り締めた。 (どうしたら・・・) ミリアリアが躊躇していると、そのパイロットがこちらに向かって歩き始めた。それを認めた瞬間、ミリアリアは背を向け、その場を立ち去ってしまった。通路奥のエレベータに乗り振り返ると、扉が閉まるほんの隙間から、一人佇む人影が見えた。 “死んじゃったら後悔も出来ないでしょ?” マユラのその言葉が何度も脳内で繰り返される。ミリアリアは膝の上で両手を更にきつく握り締めた。 『あ〜あ』 突然の通信に、ミリアリアはビクリと体を震わせた。モニター画面を見れば、先程まで空席だったはずのバスターコクピット内には既にパイロットが搭乗していた。 『ジェネシスと核と、戦いながらどっちっも防げったってさぁ』 間もなく開始されるであろう激しい戦闘を前にしても、この皮肉っぽく緊張感の無い物言い。 マユラや自分の想いなど知る由もない。 「じゃあ、やめれば」 『えっ』 ミリアリアは思わずバスターとの通信を強制的に切ってしまった。 (バカ!私ったら・・・) いつもの調子で弾みとはいえ切断してしまったことを後悔する。 時間がない。 今、言わなくてはきっと、もっと、後悔する。 時間がない。 ミリアリアはゆっくり手を伸ばし、通信をオンにする。 「嘘よ・・・・、ごめん」 あぁ、言わなくては。もっと素直に、自分の気持ちを。 時間がない。 早くしないと。 後悔したくない。 「・・・気をつけて」 唯一、声になった精一杯の言葉だった。 『・・・サンキュ』 いまだ嘗て見たことのないそのディアッカの表情に、ミリアリアは胸が熱くなると同時に締め付けられるように苦しくなった。 「システムオールグリーン、バスター発進どうぞ!」 ミリアリアはモヤモヤする気持ちを払拭するかのように大きく声を張り上げた。 お願いトール、皆を連れて行かないで。 お願い神様、どうか私たちに未来を。 誰もが望む平和な世界を求め、激しい戦闘は最終局面をむかえようとしていた。 マユラファンの方、ごめんなさい。・・・好きなんです |