バースデイ




「うをっ!」

ドサッ!

ほんの一瞬気を抜いた瞬間、丁寧に高く積み上げられた書類の束が見事に全て床に飛び散った。
「マジかよ・・・」
先程までは、自分から向かって左側は未確認、右側は確認済みのサイン入りと、しっかり分けられていたはずの書類たちが、今となってはキレイに混ざり合ってしまっていた。
ジュール隊は相変わらず、隊長不在の状態。しかしながら仕事はしっかりと溜まっていく。
副官であるディアッカは半強制的にその業務を請け負う形となってしまっていた。
戦闘がないおかげで、慣れないデスクワークの日々。
このペーパーレスの時代に、まだこんな書類のやり取りが必要なのだろうか?
「嫌がらせとしか思えないよな」
ぼやいたところで片付くわけでもなく、ディアッカは派手に溜め息をつくとデスク前に座り込み、サイン済みとそうでないものを一枚一枚確かめながら仕分け作業に入った。

コンコン

扉を小さくノックする音が聞こえたと思うと、こちらが返事をする前にドアが開き、ディアッカは失礼なヤツだなと思いながらも訪問者を振り返ることなく書類の仕分けをし続けた。
「ディアッカ、隊長から伝言だ。ラクス様がお呼びだそうだ。すぐにプラント評議会へ向かえ」
ふてぶてしく、その上全く色気も何にもないその女の声に、ディアッカはますます不機嫌になりそうだった。
「隊長代理の業務は私が引き受ける。貴様はすぐにプラントへ向かえ」
まだ何も返事もしていないにもかかわらず彼女はツカツカとディアッカの傍までやってくると、床に散らばった書類をあっという間に掻き集め、デスクの上に無造作に放り投げた。
ひとがせっかく・・・とも思ったが、彼女が代理業務を引き受けてくれるって言うんなら関係ない。
「んじゃ、後はヨロシク」
左右の手に握った書類の束を重ね合わせ、デスクに手をつきながら立ち上がり、既に椅子に座り込んでいる彼女へ差し出した。
「了解した」
ニコリともしない無表情の彼女をちょっと弄ってやろうかとも思ったが、評議会に呼び出されてるんじゃ遅れるわけにはいかない。
(遅いと隊長殿に怒鳴りつけられるのもイヤだしな)
ディアッカはとっとと部屋を後にした。



評議会を訪れるのはどれくらいぶりだろう?
赤の頃もたいして来る事もなかったが、ザフト復帰後は下っ端の自分にとって、縁遠い場所だ。
まして自分の直属の隊長であるイザークからならまだしも、ラクスからの呼び出しとはいったいどういうことか?
「なんかしたっけ?」
元々ラクスとの接点は少ない。いや、今のオレには無いに等しい。
ここんところは隊長代理を大人しく引き受け、適当に手を抜きながらもちゃんとこなしてはいる。
ラクス直々にお叱りを受けるような、なにか不手際があっただろうか?
「あ」
そういえば、彼女の誕生日にバックレた。 そのことで、何かまずい事でもあっただろうか?
サボったのはほんの数日だったし、こんな下っ端一人が抜けたところで政治になんら影響もあるはずがない。
あれこれと頭の中をめぐらせた所で結論は出ず、いつのまにか出頭命令を受けた部屋の前に辿り着いていた。
「ジュール隊所属、ディアッカ・エルスマン、入ります!」
襟元を正し、敬礼した状態でドアが開く。
ディアッカはぐるりと室内に居るメンツを確認したとたん、軽く緊張していた糸が簡単に緩んだ。
「オレみたいなのに何か用?ラクス」
「貴様!」
自分が発した言葉に被せる様に、鬼の様な形相で睨む直属の上司からキツイ一喝を受ける。
やれやれと肩を窄めて困った表情を見せると、ラクス嬢は微笑みながら脇に立つ男を軽く制した。
「構いません。用があるのはわたくしではありませんわ、ディアッカ」
「あ、そうなの?」
じゃあ誰なんだと一人一人見回すと、ラクスの背後でソファに座っていた金色の髪をした少女が立ち上がった。
「用があるのは私だ。久しぶりだなディアッカ。元気そうだな?」
金色の獅子と表現した方がいいだろうか。
以前はただの男女だと思っていたが、一国の代表ともなると妙なオーラを放って見える。
「お姫様も、ご機嫌麗しゅう」
言い方が皮肉っぽかったか?とも思いつつ、一瞬、彼女の顔が歪んだがスグに気を取り直すように咳払いを一つした。
「コレ、おまえに」
スッと目の前に大きな包みを差し出された。
「ミリアリアからだ」
「は?」
ミリアリアから贈り物?
なんの味気もない茶色い包装紙が彼女らしいが、オレに何を?
「オマエ、もうすぐ誕生日だってな?良かったな、彼女から少し早いプレゼントだそうだ」
「誕生日プレゼント?」
ディアッカは瞬時にひと月ほど前に交わした会話を思い出した。
先月の彼女の誕生日、一人でバカンスというメールを貰い、いい加減嫌気がさしていた隊長代理業務を投げ出し地球に降りたのだ。
彼女とは相変わらず軽い近況報告程度の内容のメールのやり取りくらいしかないが、その時送られてきたメールは、未だ残る各軍の駐留地を取材しつつ、日程の中で誕生日を迎えるに当たって自分へのご褒美として一人でバカンスをするというものだった。
このクソ忙しい状態で彼女の誕生日など祝ってやる事など到底無理な話だった。
が、そのメールを自分の都合の良い方向に解釈したオレは、隊長室から消えてやったのだ。
彼女の宿泊ホテルに花束を抱えて押しかけたところ、それはそれはたいそう驚いた様子だったが、何をやっているのかと怒鳴りつつも口を尖らせちょっぴり嬉しそうな表情をしたのを見逃さなかった。
別れ際に「アンタの誕生日、何か欲しいものある?」と照れ隠しかあさっての方向をむいたまま、彼女は言ってきた。
別に何もいらないと思ったのだが。ミリアリアに「おめでとう」って言ってさえ貰えれば。
けれどそれでは本人が気がすまない。
あれやこれや悩んだ末に思いついた希望を一つ言ってみた。
そんなものでいいのか?と問われたが、それがいいと告げると彼女は了解してくれた。それがこれだ。
自室に戻ってから一人でゆっくり封を開けるつもりでいたのだが、危険物でない事は確かだが、一応、中身を確認させてくれという代表の望みで仕方なく開けることにした。
茶色い包装紙を丁寧に開くと、何重にも梱包材で包まれてあった。
益々彼女らしい。
一枚一枚開き、ようやく中身が姿を現すと、そこに居た一同が「おぉ!」と感嘆の声を上げた。
大きなパネルには、太陽の光に白波がキラキラと反射した青く美しい海が映し出されていたのだ。
プラントには海がない。
ディアッカは、ミリアリアの祖国のオーブの海を彼女自身が撮った写真が欲しいとねだったのだ。
「なんて美しい写真でしょう。オーブの海ですわね?」
「この色は、オーブだな」
「え?カガリ、海の色だけでわかるの?」
「分かるさ!祖国の景色だ」
それぞれが好き勝手にパネルについて雑談しているが、パネルを受け取った当の本人は写真をじっと見つめたまま沈黙をしていた。
「おい、ディアッカ、礼ぐらい述べないか!」
周囲からはぼんやりしているかのように見えたディアッカは、イザークに一喝されハッと顔を上げる。
「あ、・・・あぁ、ありがとうございます、代表」
「私に礼はいらない。ミリアリアに伝言があるなら伝えるが」
彼女は私の大事な友人でもあるからなと、カガリは胸の前で腕組みをして満足げに微笑んだ。
「それじゃぁ・・・」
次の瞬間、一同はどよめいた。



突然、ミリアリアの携帯に、オーブ政府からこの時間にオーブ宇宙港に来るよう連絡が入った。
幸いオーブに帰国している時だったため、指定された時間と場所には余裕を持って到着する事が出来た。
しかし、いざその場所へたどり着いてみると、周辺にはオーブ軍人や政府関係者らしき人物が大勢おり、物々しい雰囲気が漂っている。
以前はオーブ軍人であったミリアリアだったが、現在はフリ−ジャーナリストに戻った一般人だ。
少々居心地の悪さを感じつつも、少し距離をとった場所で辺りを見回していた。
「ハウ三尉!」
聞き慣れないその呼び方に、ビクリと身体を震わせ振り返ると、キサカ氏が手を挙げ近づいてきた。
「忙しいところ、呼びだしてすまない」
キサカ氏はミリアリアの前に立ち、軽く頭を下げた。
「いえ、ちょうどオーブに居ましたから。それよりなんですか?」
軍人やら政府関係者の人だかりに目をやると、それに気付いたキサカはフッと苦笑した。
「まもなくカガリがプラントから戻る」
「あぁそれで・・・」
よくよくターミナルの外を見てみれば、ムラサメも何体かスタンバっている。
「到着してスグに、なにやら君に用件があるそうだ」
「えっ?」
カガリが自分に用件?
ミリアリアは驚くも、思い当たるふしがあった。
カガリがプラントへ向かう事をキラを通して知った自分は、ダメもとでディアッカへの誕生日プレゼントを託すことはできないだろうか?とお願いをしてみた。
しかし、彼女は地球とプラントとの今後についての会議に出向くため、公務でプラントへ向かうのだ。
すべてにおける人類の今後に関わる重要な仕事をしに行く一国の代表に、いくらなんでも宅配まがいの事をさせるのも失礼な話だ。 ダメならダメで、送るか、今回は諦めていつか渡せる日があったならそれでいいとも考えていた。
その時はタイムリーだと思ったけれども、後から冷静に考えて激しく後悔をした。
しかし、後日、驚く事に彼女は二つ返事でそれをOKしてくれたのだ。
「ミリアリアは大事な私の恩人だ」 そう言って喜んで引き受けてくれた 彼女の寛大さに心から感謝し、ミリアリアは贈り物を託した。 それが彼女はオーブに戻るや否や、一番に自分に用件があるという。
(なにかあったのだろうか・・・?)
やはり世界の情勢を担う人間にそんな事をさせてはいけなかったのかもしれない。
以前、勢いでプレゼントを託すことをお願いした時よりも、もっと強い後悔の波が彼女に押し寄せていた。
あぁ、なんて謝罪したらいいのだろうか?脳裏であれやこれや考えを駆け巡らせるが、何一つヒットせずむしろどんどん訳が分からなくなっていく。
そうこうしているうちに、警備員の無線から漏れ聞こえる「シャトル着陸」の言葉が耳に入り、ミリアリアはハッと顔を上げると、 窓の外を二機のムラサメによって護衛されたシャトルが轟音を立て、着陸をしていた。
わらわらと政府関係者は搭乗口に移動していく。呆然とするミリアリアに、傍らに立っていたキサカが搭乗口へ促す。
しかし彼女は、動けずにいた。
すると、搭乗口に群がる人だかりが二つに分かれその真ん中をカガリが辺りを見回しながらゆっくりと歩いてくる。
彼女は少し離れた場所に佇むミリアリアの姿を見つけると、さくさくと足を進めあっという間に目の前にやってきた。
「お・・・、おかえりなさい。あの・・・」
今のミリアリアにとって、精一杯の言葉だった。
「ただいま。ん?なんだか顔色悪いぞ?」
カガリは心配そうにミリアリアの顔を覗き込む。
「な、なんでもないわ!それより、その、用って・・・」
不安げな表情を見せるミリアリアに対して、カガリは咳払いを一つして背筋を伸ばすとこう言った。
「今後はこういうことに私をつかわないでくれ」
(あぁ、やっぱり!プラントで何かあったんだわ!)
「ゴメンナサイ!贈り物を渡して欲しいなんてお願い、やっぱりいけなったわよね?」
ミリアリアは思い切り腰を折って深々と頭を下げた。
「は?いや・・・、それは問題ない。とりあえず頭を上げてくれ」
「え?」
カガリの言葉に驚きつつも、ゆるゆると頭を上げる。
「何かあったんじゃ・・・」
「あったといえば・・・、あったんだが・・・」
口ごもるカガリの様子が少々おかしい。チラリと自分の顔を見ては逸らし、言葉を発しようと口を開いては閉じ、何かを躊躇っているようにも見える。
こころなしか頬が少し赤いような気もする。体調でも悪いのだろうか。
ミリアリアはどうしたらよいものか考えあぐねていると、カガリは何かを決心したかのようにグッと右手を握り締め、背筋を伸ばし一歩前へ出て二人の距離を縮めた。
そう背の変わらない二人の間に握り拳が一つ分入るくらいの距離しかない。
「なっ、なに?」
驚いたミリアリアは思わず一歩後ろへ下がってしまう。
「逃げるなよっ!わたしだって恥ずかしいんだ!」
そう怒鳴りつけると、カガリは目を閉じ左頬をミリアリアに向かって突き出した。
「なんなの?」
「ここにキスしろ」
「はい?」
カガリは目を閉じたまま、左頬の真ん中辺りを右手の人差し指で「ココ」と押さえている。
「いいから早くココにキスしろ!」
「えぇ〜!?冗談でしょ?」
ミリアリアが思わず噴出すと、カガリはそれまで閉じていた瞳をカッと開き顔を真っ赤にさせた。
「わたしは真剣だ!」
「な、なんなのよ・・・」
カガリのあまりの剣幕にミリアリアはたじろぐ。
ハタと気付けば、彼女の数メートル後方には政府関係者やオーブ軍人が自分たちに怪訝な眼差しを向けている。
そして目の前には、一国の代表が目を潤ませて睨みつけている。
ミリアリアにはまったく訳が分からず、ただ呆然としてしまう。
「ミリアリア、カガリにキスしてあげて」
「キラ」
未だ睨みつけ続ける代表の背後から、相変わらず眩しそうに微笑む少年が現れた。
「ミリィがディアッカに贈ったプレゼントのお礼のキスを、カガリが変わりに受け取ったんだ」
「えぇ?」
相変わらず頬が赤いままのカガリは、腕組みをしてミリアリアを上目遣いに見た。
そういうことか。
ディアッカにプレゼントを渡した事によって、何かあったと勘違いしていたミリアリアはほっと胸をなでおろす。
お礼の方法がディアッカらしい。そして何よりも律儀にそれを伝えようとするカガリが可愛らしい。
ミリアリアはなんだか急に可笑しくなり、クスクスと笑い声を立てた。
「笑い事じゃないぞっ!お前らのせいで顔が洗えないんだ。分かったら早くしてくれ」
そう言いながらカガリは再び左頬をミリアリアに向けて突き出した。
「わかったわ」
静かに目を閉じたままじっとしているカガリの頬に、ミリアリアはそっと唇を触れさせた。



シュンッと何の前触れも無く突然開くドアの音に、顔を上げた少女はそこに現れた人物を見るや否やギョッと目を見開いた。
「隊長代理の代理、ごくろーさん。代わるわ」
右脇に何やら抱えながらカツカツと近づく靴音は少々スキップをしているかのように感じるものの、目の前までやってきた男の顔は左頬が赤く派手に腫れあがっていた。
「ディアッカ・・・、どうしたんだ?その顔!」
隊長代理として勤務中のディアッカの代わりにそのまた代理を務めていた彼女は、ポカンと口を開いたまま書類を握り締め固まっている。
「あぁ、コレ?配達料金ってとこかな?」
痛々しいその姿とは裏腹に、にやけた顔しながらそう答えた。
「はぁ?」
配達料金がどうして赤痣なんだ?と彼女は思ってしまう。
「もういいぜ。イザークんトコ、戻んなよ」
彼女はディアッカの言う事が全く理解できず、困惑した表情のままでいると、腕を引っつかまれ席を立ち上がらされた。
「いや・・・、あの・・・、医務室に行った方がいいんじゃないのか?骨が折れてるんじゃ・・・?」
「ダイジョブダイジョブ。ホラ、もう戻れって。早く行かねぇと、イザークに怒鳴られんぞ」
心配そうに覗き込む彼女を、半ば厄介者を追い払うかのような仕草をしてドアへ促す。
「そ、それならいいんだが・・・。お、お大事に」
申し訳なさそうな表情をしながら、彼女はドアの向こうへ消えていった。
「ふ〜・・・」
ディアッカはドカリと椅子に腰を下ろし、右手に抱えていた大きなパネルをデスクの上に置き、 オーブの美しい海が映し出されたその写真をじっと見つめる。
「へへ・・・」
パネルの下敷きになっている書類の処理にはまだまだ時間がかかりそうだが、ディアッカはそんなことはお構いナシに、来年は二人で一緒にこの海を見たいなぁなどと考えていた。









カガリンはグーでいきました