君と僕と
カタカタと狭い密室に響くキーボードを叩く音には慣れているつもりだけれども、いいかげんうんざりしてきている今日この頃。 ただでさえ人手不足で余計な作業に手間をとられて、その上自分の機体の調整とチェックはスミからスミまでやらなければいけないときている。 適当に済ませてAAの整備士に任せてもいいのだけれど、ナチュラルの彼らにどこまで任せていいものか常に悩むところもあって、結局のところ説明するのも面倒だし、自分の身は自分で守るという結論に至り、ザフトにいた頃に比べて倍以上のメンテナンス時間を費やさなければいけない現状を作ってしまっていた。 でもよくよく聞いてみれば、キラもストライクの調整を自らすすんで行っていたようだ。 ココの整備士を信用していないわけではないが、やはりナチュラルとコーディネーターの差はそういうところででてくるんだろう。 「あ〜あ、ホント・・・、マジ疲れるぜ」 コキコキと首を鳴らし、思い切り大きくあくびをしてみれば、余計に疲れがドッと肩にのしかかった。 「ん?」 もう深夜をまわろうというこの時間、なにやら格納庫内でざわつく声が耳に入り込み、のそのそとコクピットから這い出てみる。 「おぉーい!ディアッカ!夜食だぁー!」 よくよく目を凝らしてみれば、バスターの足元に人だかりが出来ており、マードックのオッサンが大きく手を振り上げてコッチへ来いと手招きをしていた。 「ヘイヘイ」 そういえば、夕飯を食べ損ねていたせいか作業の効率が落ちていた気もする。 (腹が減りすぎても眠くなるし、ここは夜食を胃に入れておくか) 四つん這いに出てきたところをそのまま戻り、調整できたところまでをもう一度目を通して確認後、保存をしてキーボードをたたむ。 もう一度大きくあくびを吐き出しながら膝に手を付いたところで、タラップに人気を感じて目を見開いた。 「変な顔」 「悪かったな」 この艦で唯一ピンクの軍服を着た少女が、クスクスと笑いながらおにぎりとドリンクののったトレーを抱え、コクピット前のタラップで膝を突いて座っていた。 愛しの彼女とはいえ、ものっすごく疲れているときに”変な顔”と言われてちょっとばかしムカッとくるが、笑顔が見れたから、ま、いいか。 「はい、夜食」 「サンキュ」 まだ出来立てなのか、おにぎりがおいしそうに温かな湯気を上げている。一気に食欲が湧き上がり、それに手を伸ばしたところで、ミリアリアに思いっきり叩かれてしまった。 「いってぇーな」 「手、洗ってないでしょ?」 「キーボード叩いてただけだから、汚くないって!ほら」 めいっぱい腕を伸ばして彼女の目の前に両の手平を差し出してみせる。 するとムスッとした表情をしていたミリアリアは、「あ」と間抜けな声を上げオレの夜食を傍らにそっと置くと、彼女に向けた両の手のひらにずいと顔を近づけてきた。 「なに?なんかついてる?」 手のひらをひっくり返して自分に向け、よく目を凝らしてみるが特にゴミが付いてるわけでもなく、どっか切れて怪我をしているということもない。 見落としていないかもう一度ひっくり返した後、何度も指を握ったり伸ばしたりを繰り返す。 別に何てこともなく、彼女の顔を見上げた。 ミリアリアはまだじっと、自分の手を見つめている。 「なんにもないけど?」 すると彼女はゆっくりと両手を伸ばしやんわりとディアッカの左手を掴むと、自分に引き寄せながら軽く握った指を広げさせ、更に顔を近づけた。 ディアッカはこの状況を呑み込めず、ただ呆然と彼女にされるがままその様子を見つめた。 止まってしまった思考力。 今、頭の中で処理できてることは、彼女の手の感触と温度のみ。 (なんだよコレ・・・) 指先からジクジクと伝わる彼女の熱よりも、どんどん自分の体温が高くなる。 「ここ」 まじまじと自分の手を見つめる彼女がやっと言葉を発して、ディアッカは我に返った。 「ここにホクロがある」 「は?」 横から覗き込むと、手のひらの真ん中よりも少し手首よりの辺りに小さなホクロが一つあった。 まあ、気付いてはいたけれどそんなに気にした事もなく、どちらかといえばそんなものの存在は忘れていたと言ったほうがいい。 「これが何か?」 それまで穴があくんじゃないかというくらい手のひらに噛り付いていた彼女は、突然、弾かれたように顔を上げた。 「知らないのっ?握られる場所にホクロがある人は幸せになれるのよ!」 初めて見たと呟きながら、ディアッカの左手を握り締め、瞳をキラキラと輝かせながら瞬きもせず見つめている。 「ふーん・・・知らねぇ・・・」 そんなに珍しいものなのか?こんなものがあったところで、幸せになれるかどうかなんて分からないし。 いや、なれないだろ。 そんなのものに興味を抱く彼女をかわいいとも思うが、こういう時に限ってどうしても悪賢いことばっか思いついてしまう性格をいい加減直したい。 「こんな位置じゃ、ホクロを握れないんじゃね?」 考えるよりも先に皮肉めいた言葉が出てしまう自分が恨めしい。 五本の指をきつく握ったところで、どの指も届かない。 このホクロの位置では幸せになれないってことだ。 この中途半端な位置がオレらしいといえばオレらしいのだが。 コレじゃ幸せになんかなれねーだろと言わんばかりに不機嫌な顔をしながら握りこぶしを作ってみせる。 するとミリアリアはきょとんとした表情で数度瞬きをした後、ゆっくりとディアッカの右手を掴んで左手に重ね合わせ、胸の前で祈る形を作った。 「ホラ、こうすればいいじゃない」 そう言いながら穏やかな表情で微笑む彼女に思わず見とれてしまう。 彼女らしい発想につられてこちらも自然と顔が綻ぶ。幸せになれますようにって願えってか? 「・・・オレはコッチのほうが幸せになれると思うけど?」 彼女によって組まれた両手を解くと、素早く目の前にある小さな左手に指を絡ませ握りこんだ。 ミリアリアは瞬時にこの状況を理解するや否や、振りほどこうと上下左右に思い切りブンブンと左腕をふるが、まあ、そう簡単には離してなんかやれない。 「ちょっ・・・」 振りほどく事を諦めたのか、こぼれそうなほどの大きな瞳を潤ませながら、今度は空いた右手で指を一つ一つ解こうとしている。 そんなことをしたって無駄なんだけどな。 「ヤダ、離してよっ!あ、ちょっと!」 彼女が悪戦苦闘してる間に、おにぎりを摘まんで口に頬張る。 「うまっ!コレ、お前が作ったの?」 「んもう〜っ!」 「わっ、イテっ!やめろって!おにぎりが落ちるだろっ!」 ポコポコと叩かれる頭の痛みも、なんともいえない快感に感じるのは、もうどうしようもないくらい重症だ。 本当はコクピットに引っ張り込んでしまいたいけれど、今日のところはカンベンしといてやるよ。 オレ一人だけでは幸せになんかなれない。なれやしない。人殺しをしてきたこんな薄汚れた手のオレには。 オマエがいなければ、オマエの手がなければ、オレの幸せはないのだ。 |