「好きなの?嫌いなの?」




「は?」
自分の耳を疑うしかなかった。
このところ頭痛がひどくてイライラする。
もうすぐアレだからということもあるけど、目の前の人物もそのイライラの原因の一つではないかとも思ってしまう。
むしろ、彼女のせいにしてしまいたいと考えてしまうほど気分が悪い。
「あなた、ディアッカのこと好きなの?」
真っ直ぐに私の顔を見据え、興味津々のその瞳に裏があるなどとは到底思えなかった。



艦長から書類をマードックに渡すように頼まれ格納庫に来てみると、
普段はクサナギにいるはずのオーブのお姫様とM−1のパイロットの一人がそこにいた。
マードックとオーブのお姫様は、ファイルを指差してはストライクを見上げ何やら話し込んでいたため、
少し離れた場所で、タイミングを見計らっていたところだった。
すると彼女の傍らに立っていたショートカットの女の子が自分に気付き、近づいて来たと思うといきなりの言葉がそれだった。
自分の背後や、少し距離をとった場所から、ディアッカとデキてんじゃないかなどと聞こえてきた事はあったけれど、
直接、面と向かってそんなことを問われたのは初めてだった。
ショートカットの髪型のせいか、やけに可愛らしい少年に間違われてもおかしくないその風貌のわりに、
ガリガリの自分とは比べ物にならないほどの女らしいその体に目がいく。
先日、勝手に彼女の事を夢見たせいでどうも印象がよろしくない。
自分がそんな事を考えてるとも知らず、早く早くと彼女の目は訴えかけていた。
「・・・別に、好きじゃないけど・・・」
「えー?本当?」
活き活きとしていたその瞳が、疑いの色に変化する。
(なんでそんなこと、あなたに答えなきゃイケナイのよ・・・)

だって、本当のことだもの。
アイツのことなんて好きじゃない。
理由はたくさんある。
口は悪いし、そのうえ意地が悪い。何かとよくからかわれるのもイヤだ。
チャラチャラと軽そうな雰囲気もイヤ。
それから人の揚げ足を取るのが上手くて腹がたつ。
こう顎を上げて、人を見下すような顔をするときもある。そんな時の威圧感は気分が悪い。
でも時々、自分の目線に合わせて覗き込んでくる時がある。
そういう時は、距離がやたら近くてドキドキしてしまう。
待って、違う。誰が好きだの嫌いだのと、今はそんなことを言い合うような状況ではない。
私たちは戦場にいるのだ。
そうよ、いくら正規の軍人ではないからといっても、もう少し緊張感があるべきだ。
それに、私は今でもトールが好き。
これからも、ずっと。

ミリアリアは両手でファイルを握り締め、目を伏せていた。
「そんだけ考えてるってことは、ホントは好きなんでしょ?」
その言葉に顔を上げると、彼女が口をへの字に曲げたまま疑惑の目で自分を見つめていることに気が付いた。
「ちがっ・・・」
「あなた見てたらわかるもの」
いったいなんなのだ、この子は?ディアッカのことが好きなのか?
互いに目を逸らすことなく、見つめ合うというより睨みあうような状態で、しばし二人のあいだに沈黙が流れる。
「何してるんだ?クサナギに戻るぞ」
「カガリさま!」
不穏な空気の流れている中、助け舟が差し出された気がしてミリアリアはホッとした。
しかし、そのM−1パイロットの女の子はオーブの姫に駆け寄ると、つい先程までの私たちの会話をご丁寧に説明を始めた。
年頃の学生が放課後の教室で恋の話しに花咲かせるかのようなその雰囲気に、カンベンしてと心の中で呟いたが正直助かったとも思っていた。
カガリはこういう話にはのってこないだろうと思っていたからだ。
「しょーもない」と一言吐き捨てて、早くこの子を連れてクサナギに帰ってくれと強く願い、
ファイルを抱える指に力がこもった。
しばらくすると、ウキウキと話す彼女の説明を聞き終え、お姫様はこちらを向くなりこう言い放った。
「で、ホントのトコロどうなんだ?」
「はぁ?」
彼女まで?もう本当にカンベンして欲しい。
コソコソ噂されるのもイヤだったけど、こんな風にダイレクトに聞かれるのもホントに気分が悪い。
よりによって、そういう下世話な話に興味のなさそうな彼女に聞かれるとは。
だってホントに好きじゃないもの。惹かれる要素は多少あったとしても、アイツのことなんて。
(惹かれる要素って、あたしったら、何考えてるの?)
何も返事をしない自分に業を煮やしたのか、金髪の姫君は突然ミリアリアの正面に腕組みをして立ち、大きく溜め息をついた。
「オマエさぁ、頭で考えすぎなんだよ。ハツケネズミになっちゃうぞっ」
彼女は右手の人差し指を立てると、自分の胸の真ん中に押し当ててきた。
「そうゆうことは、ココで考えるんだ」
突然の彼女の動作に体にヒクっと力が入る。
「人を好きになる理由なんて、なくていいんだからな」
わかったか?と、太陽みたいに笑いかける彼女の顔を見たら、何かが音を立てて剥がれ落ちた気がした。