明日



奇しくも再び起こってしまった戦争が、またも多くの犠牲を払って停戦を迎えた。
撤退を告げるアナウンスが流れ、騒然としていた戦場も評議会とラクスクラインの呼びかけによって、
少しずつ落ち着きを取り戻していった。
プラントへ移動したボルテールの前には、戦艦にしては派手なカラーのエターナルと、
白く輝くアークエンジェルが行儀よく鎮座していた。
不思議な感じだ。自分は今、こちら側にいる。
以前は向こう側にいたのだ。
そう感じるほうがおかしいのか?元々、自分はザフトの人間だ。
あちら側にいたのは、ほんの少しの間だけ。
「エルスマン、ブリッジはこのとおりだ。待機といっても我々が出撃しなければいけないような戦闘はないだろうし、
 ジュール隊長も当分は向こうに付きっきりだ。今ぐらい休んだらどうだ?じきに忙しくなる」
襟元を緩め、ボルテールの艦長はシートに深く座り込んだ。
「ああ、そうするか・・・」
ブリッジを後にし自室の前まで来るが、あの艦が気になって眠れそうもない。
クルリと向きを変え、軽く床を蹴ってエレベーターを目指した。
艦を下りると、数人の監視がいるものの、深夜をまわろうとする時間という事もあって、ドッグ内は閑散としていた。
一歩一歩ゆっくりと、その艦に近づく。
アークエンジェル、この艦とは切っても切れない縁があるようだ。
ヘリオポリスでのG奪取。
地球降下。
ニコルの死。
投降。そして捕虜になり、彼女に出会った。
オレはこの艦と彼女に出会って、世界を見る目が変わってしまったのだ。
戦う事の意味。生きる事の意味。
プラントに忠誠を誓い、任務に従っての戦闘行為。
けれど、どこか適当な自分に本当の戦いの意味を教えてくれた艦。守りたいと思った。
停戦を迎えて数年しか経っていないのに、何十年も昔の事に感じる。
周囲に誰もいないのをいいことに、懐かしさがこみ上げ、胸が熱くなる自分を一人笑った。
「ザフトの兵隊さん」
突然のその声に耳を疑った。
振り向いてしまったら夢から覚めてしまうのではないかという不安を感じながらも、振り返らずにいられなかった。
「こんにちわ、兵隊さん」
彼女が立っていた。
仕事の忙しさにカマ掛けて何度も忘れそうになってはみたが、
結局、一度たりとも忘れることができなかったミリアリアがそこに立っていた。
「久しぶり」
精一杯の言葉だった。
何かもっと気の利いた事を言いたかったけれど、喉まで上がってきても口にすることができず、苦笑するしかなかった。
「どうして?って顔してる」
いたずらっぽく見上げてくる彼女の姿を見て、自然とこちらも顔が緩む。
「このエリアだけ出てもいいって許可もらってるのよ。知らないの?」
「下っ端だからね」
すると彼女は手を後ろで組んで、俺の周りを物珍しそうに上下に目を移動させながら、犬か猫のようにくるくるとまわった。
「大きくなったわねぇ」
「育ち盛りだから」
まるで母親が子供に言うような口調で言い、正面で止まると首を傾け見上げてきた。
頼む、あんまり見ないでくれ。コッチの心の準備ができてないんだ。
「赤服も似合ってたけど、緑服も悪くないじゃない?」
口の端をあげてニッと笑う。
「オマエこそ、こう、女らしくなったんじゃね?」
両の手で体のラインをなぞる仕草をしたら、スケベと怒鳴られた。
ああこのカンジも久しぶりで、体の体温が上がる。
「まさかホントに乗ってるとは思わなかったよ。尉官って、軍人じゃないか?」
彼女の襟元を指でなぞってやった。
案の定、見た目は女らしくなったとはいえ、頬を赤らめた。
「キラたちに比べれば私なんてなんの力にもならないけど、でも私なりに守りたかったの。大切な世界を」
大きな瞳をした彼女は、胸元で両手を堅く握り締め、天を仰ぎながらそう呟いた。
そうさ、このおせっかいなまでの優しさと、危険も省みず突き進む強さに惚れたんだ。
「あー、プラントに入ってみたいなー」
「オレでよければ案内するけど?」
「忙しいんでしょ?」
「全然!下っ端だしぃ」
オーブの代表がプラント入りするまで数日かかる。
それから協議に入ったとしても、アークエンジェルは数週間はこのドッグに詰めたままになるだろう。
そのうちラクスの神の一声で規制も緩和されるに違いない。
「デートしてくれる?」
彼女は鳩が豆鉄砲をくらったように目をまん丸にして驚いたようだったが、
嬉しいと言って、顔を綻ばせた。
今度こそ、誰もが願っていた方向へ世界が動いていく。
ナチュラルとコーディネーター。同じ方向を向いたベクトルが、いつか、交わる日を信じて。
そして、彼女との運命はこれからだということも、信じずにはいられない。
俺たちの出会いは、偶然でなく必然だということを。