ミリアリア・ハウ


そろそろ食事の時間だ。
ずっと何も食べなければ、それはそれで平気なのだが、
一度、ものを口にしてしまうと、次が欲しくなる。
ましてや定期的に食事をするようになってしまうと、自然とメシ時が分かってしまう。
時計が無く灯も少ないこの場所で、唯一の時間がわかる方法だ。
もうすぐだ、もうすぐあの子が食事を持ってくる。


薄暗く堅いベッドの上で腕を枕に天井を見つめていると、遠くでドアが開く音がした。
コツコツと歩幅が小さく体重が軽そうな足音が近づいて来る。
「食事よ」
ミリアリアだ。
「今日は、早いんだな」
ベッドの上で体を起こし話しかけると、彼女はトレーを置きながらこちらを見た。
「腹時計がさ」
おどけて見せたら、笑ったような気がした。
少し距離があり、逆光のため、彼女の顔があまり良く見えないのが恨めしかった。
ベッドにトレーを持って行き食事を始めると、彼女は通路の壁にもたれ、オレと向かい合わせるように座った。
数日前から、彼女が温かい状態の食事を運んでくる。
それをオレが食べ終わるまでそうして待ち、済むとトレーを持って帰って行くのだ。
ちょっと前までは、冷め切った食事を全然食事時でもない時間に男の兵士が運んできたり、来なかったり。
食べなければ食べないでいいのだが、
食べ物を適度に口にすると、その後に何も口にできない時の苦しさといったら、結構、情けないものがあった。
ある時、彼女、ミリアリアが食事を持ってきた。
正直とても驚いた。
彼氏と仲間を殺した、憎いはずのコーディネーターに、「ごめん」と食事が遅れた事を詫びたのだ。
彼女の事を「オマエ」って言って、怒られた。
「ミリアリア」って名前を教えてもらったのも、その時だ。
それからは毎食、彼女が時間通りに運んでくるようになった。
どういうつもりか聞いてみたかったが、やっとポツポツと話しができるようになったのに、
余計な事を聞いたせいで、彼女がココに来なくなる方がイヤだったのでやめた。
捕虜になってからは尋問が一度あっただけで、その後は何も無い。
彼女は、唯一の話し相手だ。
「その、そっちは食事したのかよ。今日は、ちょっと早いだろ?」
本当にいつもより早いのだ。
「別になんでもないわよ。アンタに心配されるような事はないわ」
「あ、そ」
チラリと彼女を見ると、壁にもたれて座ったまま、足を抱え膝に顔を伏せていた。
「ちゃんと食ってんの?もうちょっとさ、太ったほうがいいんじゃないの?
 アナタサマ軍人でしょ?そんな細い腕や足じゃ、もたないっしょ?」
「・・・それってセクハラ。余計なお世話だし」
泣いてるのかと思ったけど、違うようだ。良かった。
最初に彼女の泣き顔を見たときは、ホントにイラついた。
軍人のクセにメソメソしやがって、心底、ムカついた。
二度目に、彼女の泣き顔を見たときは、呆れた。
まだメソメソしてやがる。
暇つぶしにからかってやったら、殺されそうになった。
オレが適当に言った一言がビンゴで、彼女の心の傷を更に抉ってしまったのだ。
そういえばあの時のコト、詫びていない。
「ごちそーさん」
空になったトレーを引渡し口に持っていくと、彼女も立ち上がり受け取りに近づいてきた。
「このあいだは、悪かった」
声をかけると、驚いたように顔を上げ鉄格子越しに目があった。
きれいな蒼緑色の瞳がはっきりと見える。
「その、彼氏のこと、バカにして悪かったよ。ゴメン」
彼女は一瞬、目を見開いたが、スグに眉間にしわを寄せ顔をそらす。
「私こそゴメン。無抵抗のあんたを、・・・傷つけた。
 コーディネーターがみんな死んじゃえばイイなんて、私は思わない。
 同じ人間だもの。トールだってそう思ってるわ」
そう言い残し、トレーを持って出て行った。

驚いた。
許さないとなじられるかと思ったのに。
コーディネーターが憎いばっかりじゃないって?
なんだそりゃ?意味が分からない。
彼氏は、コーディネーターに殺されたんだろう?
お互いが憎みあって、戦っているんじゃないのか?
ナチュラルにとってコーディネーターは敵で、コーディネーターにとってナチュラルは敵。
だから戦争になるんだろう?
俺たちがザフトのために誇りを持って戦ってきたものって何なんだ?

医務室で彼女が身をもって俺をかばった時の光景が、頭の中でフラッシュバックする。
つっ立ったまま、鉄格子に拳を握り締めた。

時間はまだあるだろうか?
どうせ本国でオレは、MIAのままだ。
暇つぶしにもう少し考えてみるか、今まであえて向き合う事をしなかったナチュラルのコト。

頭の中を整理するため、ベッドに横になる。

一つだけ分かった事がある。
ただの勘だけれども、ミリアリア、彼女はは敵じゃない。
ディアッカはそう思った。