「まだまだ続く物語」








「終らない物語」のつづきデス。







地球から見上げる星空は、どうしてこうも胸が躍るのだろうか?宇宙で艦から見渡す景色となんら変わらないはずなのに。なんともいえないあの侘しさとは比べ物にならない。ここがオーブだからか?それとも、彼女がそこにいるからだろうか?
「今日はよく星が見えるわね」
 すぐ隣で同じように空を見上げているミリアリアがそう言った。
「星が見えない日とかあるわけ?」
「そりゃあ、大気の関係とかあるからね。こんな風に澄んだ空が見られるのは久しぶりかも?アンタ、ラッキーね」
 ニッコリと微笑みかける彼女に、思わず手の中から缶ビールがずり落ちそうになる。
「うわっ…と!」
 寸でのところで握りに直し、メキっと音を立ててほんの少し缶が歪んだ。
「なあに?どうしたの?」
「いや、なんでもない」
 動揺を誤魔化すかのように、残りのビールを飲み干す。手の中で温まってしまったそれは、妙に不味かった。
「ビール、なくなったの?新しいの持ってこようか?」
「いい、自分で取って来る」
彼女の好意をやんわりと手で遮って、薄暗いテラスから室内へと入った。
棚から牡丹餅。労をせずして思いがけない幸運にめぐり合うこと。
ラクスのオーブ表敬訪問のメンバーに加わることに、少々イラっとさせられたことはあったが、労を費やす事はなかった。まさかミリアリアに会えるなんて思ってもみなかったし、調子に乗ってちょっとだけ暴走したら、二人きりの時間が与えられた。というか自分だけオーブに置いてけぼりを食らって、空港に隣接する政府専用施設へお泊り。ミリアリア付き。しかも、彼女がツンツンしていない。確かにオーブ代表の命令もあるかもしれないが。
(それにしても)
ディアッカは部屋に備え付けの冷蔵庫から再びビールを取り出し、乱暴にドアを閉めた。缶の封を切り、やけくそのように煽った。
(アイツが素直すぎて、どうしたらいいか分からない…)
 ニッコリと微笑む彼女の顔が脳裏をかすめる。たった二本の缶ビールのせいで、こんなにも動悸がはげしくなるものか?
(バカみてぇ…)
 一度口元を拭い、再びゴクゴクと音を立て一気に飲み干した。
「遅いじゃない?…あ、なによ?一人でこんなところで飲んで!」
 そんなに時間が経っていただろうか?全く感覚がない。なかなか戻ってこない自分に業を煮やしたのだろう、冷蔵庫のある小部屋をひょっこりミリアリアが覗いた。
「あ、悪い。喉が渇いてたからさ」
 じとりと見つめる不満そうなその表情は、よく見覚えがあって、逆に妙にホッとする。
「なによ」
「あ、いや、別に…、あ、ミリアリアはさ、ワイン飲める?」
 その場の雰囲気を濁すのように話題を変える。
「うん、飲めるよ」
「白と赤、どっちがいい?」
 冷蔵庫脇のとワインセラーから、適当に赤ワインと白ワインのボトルを抜き取り、彼女の前に差し出す。
「そうねぇ、今日は蒸し暑いし、冷えた白ワインが良いわ」
「同感。先に戻ってて、俺が持っていくからさ」
 彼女の顔を見ないように備え付けの引き出しを上から順に開けて、オープナーを探す。
「あ、それはホステスの仕事よ?カガリに怒られちゃうわ。アンタこそ、テラスで待ってなさいよ」
 スグ脇から彼女が入り込み、今まさに自分が開けようとしている引き出しに手を掛ける。ほんの一瞬、互いの手が触れて、バチっと電気が走ったような衝撃を受ける。
「っ…!」
 驚きのあまり身を引けば、スグ背中にトンと壁が当たった。
「なに?どうしたの?」
 きょとんとした表情で見上げる彼女は、なにも痛みも感じなかったのか。それよりも仰け反った自分に驚いているようだ。
「あ、いや、今さ、ビリって静電気みたなのが走らなかった?」
「はぁ?」
 電流が流れたのは自分だけか?オーブはからりとした気候ではあるが、今のシーズンは時折りスコールがある。さっきもほんの三十分ほどザッと雨が降った。今日、星が良く見えたのは、雨上がりで汚れた空気も洗い流されて澄んでいるからだ。乾燥しているわけではない。じゃあなんだ?さっきの電流は?
「なに?何か感じちゃったの?」
「は?」
 ミリアリアはクスクスと笑いを堪えながら、いつの間にか探し当てたオープナーと二つのグラス、それからワインを手に小部屋を出て行った。
(なんなんだ?)
さっき触れた指先は未だチリチリと小さく痺れ、胸の奥の動機はドクドクと一層激しくなるばかり。気を静めるために目を閉じれば、逆に心の奥底からなにかがとめどなく湧き上がってくる。
「なんだこれっ!」
 頭を抱えて軽く振ってみる。一から整理してみよう。そもそもなんでこんなに胸がドキドキするのか。
 今日、久しぶりに彼女に会って互いの気持ちを確認しあえたんだった。俺は変わらず彼女の事を思い続けていることに気付いた。そして彼女も自分を思っていてくれていた。それだけで十分だったんだ。それなのに、ミリアリアが、異常に好意的というか、なんというか。
「あ」
 ディアッカはそこで気付く。
 未だ嘗て、こんなふうにミリアリアに接してもらった記憶がない。
 追いかければ追いかけるほど、身を翻し、隙間を縫うようにすり抜けていったヤツが、いざ振り返って面と向かってくるとなると、逆に怖気づくなんて。
「ば…、ばかみてぇ」
 ディアッカは思わずその場にへたり込む。
「ディアッカ!なにしてんの!いつまでこんなトコにいるのよ!」
 テラスへ戻ったはずのミリアリアが再び、顔を覗かせた。驚きのあまり心臓が飛び上がる。
「あ、ワリ」
「早く来て」
 彼女が強引に腕を引っ張りあげた。またしても、ビリリと電気が走る。
「…っ!」
「あ、ごめん!痛かった?」
 ミリアリアは心配そうに身体を屈めて顔を覗きんでくる。
「いや、なんとも…ない」
 顔の近さに思わず身を引く。気のせいか?ほのかに顔が熱っぽい。
「なんともないならいいけど?早く!テラスに来て!」
 ぐいと彼女が再度腕を引く。
「お…おぉ」
 彼女に手を引かれながら、無駄に広く豪華なリビングを通り抜け、テラスへと出る。先ほどと変わらず天は星空で埋め尽くされていた。
「よーく見ててよ」
 ミリアリアが指差す方角をじっと見つめる。ほんの数分後、すうと一筋の光が流れた。
「あ」
「見えた?」
 すると今度は視界の端で、光が流れた。
「流星群よ。流れ星」
「流れ星か」
 気付けば、次々に星が光を発しながら降り注いでくる。
「きれいだな」
「きれいでしょ?」
 テラスの手すりから身を乗り出すように、得意げな表情で彼女はそう言った。
 そっと彼女の肩へ手を回し、ゆっくりと引き寄せた。その場はそうせずにいられなかったのだ。そっと引き寄せたのは、彼女が身体を強張らせ抵抗を見せたら分かりやすいようにだ。そんな心配も他所に、ミリアリアはこてんと頭を傾けた。昼間の彼女ならまず有り得ない。
(女の子の肩を抱くだけで喉から心臓が出そうだ)
 身体を屈ませて彼女の顔を覗き込めば、それに気付いたかのようにこちらを見上げる。その瞳は大きく揺れ、何度も何度も視線を外しては合わせを繰り返している。小刻みに身体を震わせているかのようにも感じる。
「…どうした?寒い?」
「寒いわけじゃ…」
 ミリアリアは再び視線を外すと、今度は俯いてしまった。
「なに?気分でも悪いのか?」
 先ほどとはうって変わって意気消沈の様子。あまりの変化に、今度は両肩を支えて正面から覗き込んだ。すると彼女は一層顔を俯かせ、唇を噛み締めた。
「そ、そうじゃないの」
「なに?どうした?」
 首を数度左右に振ると、意を決したように顔を上げた。
「お酒飲んで、はしゃいでみたりしたけれど、やっぱり…」
「やっぱり?」
「ここに、アンタと二人だけなんだなって思ったら、急に怖くなって…」
「は?怖い?」
「その…」
 ほんの少し顔を背けるとチラリと横目で見上げる。しかし、何かを言おうと口を開くが、なかなか言葉が出てこない。何か躊躇している。
「す、…するんでしょ?」
 視線を外したまま、やっと出た言葉がコレだった。
「あぁ?なにを?」
 次の瞬間、音がするほど彼女の顔がみるみる赤くなっていくのが分かった。
「いっ、言わせないでよっ!恥ずかしいじゃないっ」
「なんだよ?」
「もぉ、ヤダ!」
 ミリアリアは肩を掴むディアッカの両手を振り払った。
「あ、おい!」
 今にも、どこかへ走り去ってしまいそうな彼女の腕を咄嗟に掴む。
「ちゃんと言ってくんないと、わかんないって!」
 グイと腕を引き寄せたら、今度はそれを振り解こうとはしなかった。
「アンタと私しかいないの。ここに」
「うん」
「その、今夜、やっぱり…その」
「あ」
 脳内でバラバラに散っていた点が、一瞬にして線で結ばれる。
「…あぁ、そうだな」
 急に腹の底から笑いがこみ上げてくる。
「ククッ…」
「もうっ!笑わないでっ!」
 ミリアリアは掴んだ腕を振り解き、ドンと胸を突き飛ばした。
 笑いが止まらない。
「ヒドイ!」
「あ、おい!待って!」
 ズンズンと部屋に向かって歩き出す彼女を背後から抱きしめた。
「あ、」
 チュッと音を立てて、耳にキスをした。
「なあ、聞こえる?俺の心臓の音」
 自分の胸を彼女の小さな背中に押し付ける。
「ミリアリアのこと考えるとさ、オレ、ドキドキして苦しいの。柄になくどぎまぎしてさ、どうしていいかわかんないんだ」
「ディアッカ…」
 目を閉じれば、身体を、皮膚を通して、互いの心音を感じあう。じっとその音に耳を傾ける。そのうちに脈打つペースがシンクロし始める。
「もう一つ言うと、コッチもドキドキしちゃってさ」
 腰を押し付けたら、ビクリとに彼女の身体が強張った。
「ばっ!」
次の瞬間、ミリアリアは抱きしめる腕を振り払い、憤慨して見せた。
「ばかじゃないのっ!エッチ!」
 怒る彼女を今度は正面から抱きしめ、唇を奪った。
「んむっ…」
 背中に回った腕がドンドンと叩く。
「んっ…はっ」
 角度を変えて再び口付ける。めちゃくちゃにもがく腕が、そのうちに、背中にしがみつき始める。
「ふっ…」
 ゆっくりと顔を離せば、ミリアリアは、はぁはぁと荒い呼吸を繰り返した。
「好きだよ、ミリアリア」
 真っ直ぐに彼女を見据えて、ありったけの気持ちを込めて、思いを伝える。
「ディアッカ…私」
 こんなふうにじっと見つめたなら、条件反射的にツイとすぐに瞳を逸らす彼女も、今日は出来ないはずだ。ずっと同じ思いでいたことを彼女自身も確信をしている。
「私」
 ミリアリアは口を開くが、続いて言葉が出てこない。数度瞬きをして、吐き出せなかった言葉と一緒に空気を飲む。軍服の胸元をぎゅっと両手で握り締めて、意を決したように再び口を開く。
「私も…ずっと、ディアッカのことが、…好きだった」
 そう彼女は呟くと、顔を胸に押し当ててきた。
「ミリアリア」
 跳ねた髪の間から覗く耳が真っ赤だ。
(かわいい)
 そっと両手を広げ彼女の身体を包み込むように抱きしめる。もっとぎゅっと強く抱きしめたいところだが、痛がらせてはせっかくのムードも台無し。なので、ゆらゆらと左右に身体を揺すって嬉しさを表現してみる。彼女もそれに応えるように身を任せている。
「ねえ、ワイン飲む?それともベッド行く?」
 栗色の髪に頬擦りしながら、尚も身体を揺さぶる。
「ワイン」
「あ、了解」
 案の定即答した彼女に対して、内心、舌打ちをしつつ、背中に回した腕を解いて、テラスの中央にあるテーブルへ着いた。手早くワインの封を切り、グラスへと注ぐ。よく冷えていたせいで、たちまちグラスはふんわりと曇った。
「美味そうなワインだな。あれ?ミリアリア?」
 二つのグラスへワインが注ぎ終わっても、ミリアリアはなかなか席に着かなかった。振り返れば、一歩も動いた形跡がない。彼女はただ呆然と立ち尽くしていた。
「なに?どうした?」
 ただならぬ様子に、彼女へと近寄った。
「ひょ、」
「ひょ?」
「拍子が抜けたわ」
 ミリアリアがはあぁと、肩から深く息を吐いた。
「なんで?」
「なんでっ?て!アンタが、へ、ヘンなこと言うから、緊張したじゃないっ」
「ヘンなこと?…」
「ベベベ、ベッドって…」
 相変わらず顔を真っ赤にしたまま、ビシッと指差す。
「…あぁ、なんだ、そっちが良かったの?」
 やんわりと彼女の人差し指を握った。
「ちがっ!バカ言ってんじゃないわよっ」
 放せといわんばかりに、ミリアリアは握った人差し指をぶんぶんと振り回す。
「素直じゃないな〜」
「煩いっ!ほ、ほら、せっかくのワインが温くなっちゃうわっ!」
 はい、乾杯!と勝手にグラスを持ち上げ、チンと音を立てた後、彼女は一気にそれを飲み干した。
「おいし〜!ほら、ディアッカも!」
 ミリアリアに勧められるがままに、ディアッカもワインを飲んだ。
「どう、美味しいでしょ?」
「あぁ、美味しいよ。でも」
 彼女の手から空になったグラスを取り上げ、自分のグラスと一緒に丁寧にテーブルへ並べる。
「俺はベッドじゃなくてもいいんだな」
 彼女の腰を引き寄せ、再び唇を重ねる。すぐに離して彼女の顔を見る。
「ミリィも同じだろ?」
 ミリアリアは暫くじっと見上げていたかと思うと、トンと胸を押して距離をとった。
「?」
「こうして」
 彼女が両手を左右に広げる。
「あんたの胸に飛び込んだら、きっと、幸せになれるんだと思う」
「うん」
「でも、やっぱり、怖い、かな?」
 彼女の表情が急に不安げに変わる。
「バ〜カ、俺も同じだって。今更、怖気づくなっつうの」
 一歩前へ出て彼女との距離を縮める。すると、少し困ったようにミリアリアは微笑んだ。
「だから、一緒に…」
 今度は互いにひきつけられるように、唇を重ねた。
 何度も何度も躓いて、すれ違って、逸らして、そして、向かい合い抱き合う。戸惑っても良い。間違っても良い。きっと、俺たちはそれを繰り返しても、こうして交わることができるのだ。
 抱いていたミリアリアの肩を押して、上半身だけをテーブルへと横たえる。
「ちょっ!」
 慌ててミリアリアは身体を起こそうとする。
「だから、俺はベッドじゃなくてもいいんだって」
 自ら襟元を緩め軍服を脱ぎ捨て、覆いかぶさる。そして、唖然とする彼女の軍服のベルトをするりと腰から抜き取った。
「え…、えーっ?」
 まだまだどこまでも続く二人の物語。


  
          end