素直になれたら
「いたたた・・・」 鮮やかな緑が目に眩しい街路樹の一本にミリアリアは手を掛けると、少々ヒールの高めのミュールを片方脱いだ。 体を屈めて足元を覗き込めば、親指と小指の外側が赤く腫れているではないか。 「靴擦れかぁ・・・」 おろしたての靴を履いたその日はお約束のようにたいがいそういう目に遭う。 張り切って新品なんかにしないで、履き慣れた靴にすればよかったと後悔しても今となってはもう遅い。約束の時間まではまだあるが戻って履き替えるほどの余裕はない。もし戻ったとしていつもの靴に変えたなら、今着ている服には合いはしない。だからといって、洒落た洋服は他に持ち合わせてなどいない。 私はついこの間まで、戦争をしていたのだ。 戦地に赴くのに何着もの私服の着替えは必要ない。 軍艦に正規の軍人として乗艦する自分が、まさかデートをすることになるなどと思ってもみなかった。 今日はそんな自分に、気遣いの人ラクスが、コペルニクスで購入したという服を貸してくれたのだった。 待ち合わせの場所まではもうすぐだ。それならば早めに着いて、痛みを感じる部分に絆創膏でも貼って足を少し休めよう。 ミリアリアはぐっと奥歯を噛み締め痛みを堪えながら再びミュールを履くと、街路樹沿いに並ぶショップのショーウィンドーに映った自分の姿に目がいった。 ゆっくり体を起こし、真っ直ぐに立って足先から頭のてっぺんまでおかしなところがないかチェックをしながら、さらに体を捻り後姿を確認した後、再び正面から自分の姿を見つめた。 「やだ・・・」 ミリアリアは、シンプルだが胸元や裾が上品なフリルで飾られていて、素材が良く着心地のよい薄いブルーのワンピースを身に着けていた。スカートは膝丈ほどあるけれども上半身はノースリーブだ。ふと気を抜くと肩から肩紐がずり落ちてしまう。たった今の靴を脱ぎ履きする動作をしただけでも、片方の紐が肩からずり落ち二の腕にまで垂れ下がってしまっている。 慌ててそれを反対の手で正しい位置に戻した。 もうすこし全身にバランスよく、いや上半身に肉付きがよければ肩紐がどれだけ垂れ下がったところで全く問題がないのだろうけれど、自分は相変わらず貧相な体系をしているおかげで、きっと胸元から中が見えてしまうに違いない。こんなもの見せられた方も困るかもしれないが。 それでも、 「アイツの前では気をつけなきゃ」 ミリアリアは日差しから身を守るように街路樹の影に沿って歩き始めた。 そうはいってもオーブに比べればやさしい陽の光。 ここはコーディネーターの住むプラント。 人工的に作られた自然とはいえ、なんら違和感はない。町並みも緑が多く、地球よりも環境に配慮されていると思えるほどだった。 二度にわたる地球とプラント、ナチュラルとコーディネーターとの抗争は、またしても甚大なる被害を互いに受けながらも停戦を迎え、つい先日、条約が結ばれた。 アークエンジェルはエターナルと共に、停戦から条約締結までの期間、プラントへと入港し、待機という形をとっていた。 アークエンジェルクルーの宇宙港の一部条件付で立ち入りの許可は出ているものの、プラント内部へ入ることは禁止されていた。クルー内では、条約締結後にプラント内に上陸できるのでは?という噂が流れてはいたものの、それが現実になることはいっこうになかった。 ところが、地球に向けて出発五日前になり、突然、クルー全員の上陸許可が下りた。 以前は平和を願う歌姫ラクスの「艦内に缶詰めだなんて、クルーの皆さんも退屈ですわ」という一声で、すんなりとアークエンジェルクルーのプラント内への上陸申請が通ってしまったのだ。 艦内は一気に沸き立ち、どこに行こうだの何を買おうだのそこらじゅうで観光ガイドを広げるクルーが目立った。 ミリアリアも少なからずプラント内には興味があり、見て回りたい場所や覗いてみたいお店などを、どこから回ってきたのか?プラントのタウン誌にチェックを入れていた。 「艦長はきっとムウさんとデートよね」 クルーの皆と観光してもいいのだが、それぞれ行きたい場所もあるだろうし、だからといって一人で可愛いカフェに入っても楽しくない。 そんな時、一瞬、脳裏にある顔が浮かぶ。 制服のポケットから、小さな紙切れを引っ張り出し膝の上で開いた。 「こんな大変な時期、忙しいに決まってるわ・・・」 そこには脳裏をよぎった人物の住所と携帯の電話番号にメールアドレスが書かれている。 今更どうかとは思ったが、正直、アイツに会いたいなと思った。 せっかくこんな近くにいるのに、会わずに地球へ帰るだなんて、いくら特別な関係でもないとはいっても寂しい気持ちには違いなかった。 そう思ったらそこからは早かった。自室に戻り、部屋に備え付けの通信機から外部通信を開くと、休日でもない真昼間のこんな時間に電話に出るわけがないと思いつつも、彼の携帯電話のナンバーを躊躇することなく押す。すると意外なことに、数度コールのした後、懐かしい声が耳の中へ入り込んできた。 電話越しに久しぶりに聞く彼の声に、胸が高鳴ったのは事実。ミリアリアは懐かしさに思わず頬が緩んだ。 センター街に近づくにつれウィンドーショッピングを楽しむ人々が目立ち始め、家族連れや恋人同士が楽しげに行き交い、オープンテラスでは学生たちが声を上げて笑っている。そんな光景を目の当たりにして、ミリアリアは改めて平和が訪れたのだなと実感させられた気がした。 あちこちフラフラと見て回りながらも、約束の時間よりも30分も早く待ち合わせ場所に到着してしまった。いくら初めて訪れる場所だからといっても、ちょっと張り切りすぎたようだ。 「日陰で休んでいればいいわ」 久しぶりに彼に会える喜びからか?体は正直なもので、足の痛みも和らいだかのように感じ、少々浮かれ気味に目的地の公園のゲートを潜った。 前大戦中、アークエンジェル内では何かと自分を気遣ってくれた彼。 けれど時折りみせる、皮肉めいた表情や言動にひどく腹立たしい気持ちにさせられたり、やれ洗濯物を頼むだの、朝は何時に起こせだのと色々と言いつけられていたことに対して、いつもいつも声を荒げていた。 でも今思えば、そうやって自分の気を紛らわせてくれていたのかもしれない。 一人、悶々と考え込む時間を少しでも作らせないようにと。 「ムカツク」とか「だらしない」とか口では怒鳴りながらも、自分はきっと、しっかり彼に甘えていたのだ。 「甘えていた」そう自覚した瞬間、胸の奥がじわりと温かくなる。 今日は素直に話せそう。 そんな気がしたミリアリアは、知らないうちに握り締めていたワンピースの胸元の手を緩めた。 さほど大きくはない園内では子供達が噴水で水浴びをし、木陰では居眠りをする人も見受けられた。 ミリアリアはどこか日陰のベンチはないかとキョロキョロと見回すと、ちょうど良い場所に大きめのベンチがあるではないか。 しかしそこには仲睦まじく肩を寄せ合うカップルがなにやら一冊の雑誌を覗き込んでいる。 その場所はバッチリ日陰でゲートからもよく見えて、ミリアリアにとって好都合の場所だったが、そのカップルにそこをどいてくれなどと言えるわけでもなかった。 ツイと視線を動かせば、そこから少しスペースの空いた場所にかろうじて半分だけ木陰になったベンチを見つけた。 これで一安心とほっとするのもつかの間一歩足を進めた次の瞬間、ひどく見覚えのある金髪が目の端に入り込み目を疑う光景に全身が凍りついた。 改めてベンチで肩を寄せ合うカップルに目をやれば、まるでグラビアアイドルのような黒髪の女の子の隣に腰を下ろしている男性は、30分後にこの場所で自分と待ち合わせをしているはずのディアッカではないか! (なぜ?) ミリアリアは思わずゲートに引き返し、門の陰に身を隠した。 待ち合わせ時間よりもずいぶん早い時間だ。それなのにもう彼がここにいる。 (おかしい) なぜならアークエンジェルにいた頃は、いつだって自分の事を目覚まし代わりに使うほど時間にルーズだった彼。そんな人間がこんなに早く現れるなどありえないのだ。 ミリアリアは大きく深呼吸した後、もう一度ベンチの方を覗き見た。 やはり間違いでもなんでもない、それはディアッカだった。 「・・・やだ、なんで?」 相変わらずそのベンチに座る男女は今にも顔がくっついてしまいそうなほど身を寄せ合い、仲よさげに雑誌を見ているではないか。 ミリアリアは一瞬にして、今の今まで眩しいと感じていた景色が、どんどんとディティールを無くしていくかのような錯覚に囚われていった。 そこからは、どこをどう歩いたのか覚えがない。ただ脳裏に浮かんでいた事は、自分とは比較にならないくらい黒髪の可愛らしい女の子。やっぱりコーディネーターは人並みというレベルが違う。 もしかしたら恋人なのかもしれない。 -----恋人? そうか、そうだ。 会わなくなって二年、私には私の生活リズムができたように、彼には彼の生活がちゃんと始まっていたのだ。 今更、何を期待していたのだろう。 (バカみたい) ぼんやりと足元を見ると、灰色の斑点が一つ目に入る。 一つ、二つ、三つ、そのうちに数えられなくなり、斑点同士が重なり合って辺り一面、より濃い灰色に染まっていく。 雨だ。 自分の横をすれ違う人々が傘を差し始める。 天を見上げれば、先程とはうって変わって薄い灰色の空と化している。 折りたたみの傘すら持っていないことを思い出したミリアリアも走ろうとしたが、次の瞬間、両足に痛烈な痛みを感じた。 (こんな時に・・・) プラントの天気予定のことなど頭になかったほど自分は浮かれたいたのか。 そう思うと、なんともいえない惨めな気持ちと恥ずかしさから、このまま雨に流されてしまいたいと考えた。 (ホント、バカみたい) 走る事も出来ないミリアリアはただただ足を前に進めることしかできなかった。 「じゃあ、また・・・、ねっ!」 ふわりとベンチから立ち上がった黒髪の女は、再会を意味する言葉を口にすると、ウィンクをして立ち去った。 彼女の姿が見えなくなった事を目で確認したディアッカは大きく深呼吸をし、力なくベンチにもたれ掛かった。 「あ〜、たまんね〜」 まるで動物がマーキングをしたかのような強烈な残り香。 女が立ち去った今もベンチには甘い香りが染み付き、きっとなら足跡を調べられるほど彼女の立ち寄った場所には同じ匂いが残っているに違いない。 この独特の甘い香りは確かプラント製のブランドの香水だったか。以前は、好みの臭いだったが、今はそうではない。おかげでほんの少しの時間で気分が悪くなってしまった。 「こっちまで匂いが染み付きそうだぜ・・・」 ディアッカは、指先でTシャツの胸元を摘まみあげクンクンと匂いを嗅いだあと、汚れ物を落とすかのようにジャケットをパンパンと叩いてみた。 本当に匂いが染み付いてもらっては困るのだ。 腕時計に目をやる。約束の時間まであと少しだった。 もうすぐ彼女が、ミリアリアがここにやってくる。 そう思うだけで何やら息苦しい。 「は、なんだかねぇ・・・」 アークエンジェルでは毎日のように顔を合わせていたのにも拘らず、改めてこうして二人で会うことに、ディアッカは戸惑っていた。 アークエンジェル内では、情勢やMSの整備、食事のメニューに仲間の事など、何かと会話をする理由があった。理由を自分が作っていたと言ってもいいかもしれないが。 しかし、心から願って訪れた平和な時間。ディアッカは二人だけで久しぶりに会って、何を話したらいいのか分からなくなっていた。 デートなんていくらでもしたし、女の子が喜ぶことなんて分かりきっていた。が、対ミリアリアに関しては話は別だ。極端な話、可愛いといえば怒るし、可愛くないといっても怒る。正直言うと面倒くさい女なのだ。 とどのつまり、自分はその面倒な彼女に惚れてしまったということ。 「ホント、俺、どうしちゃったんだかねぇ」 前大戦後の別れ際に無理矢理に渡した連絡先を、彼女がまだ持っていたという事実に期待せずにはいられない。 両手を組んで大きく背伸びをしながら、先程の女の子が持っていたタウン誌にあった雰囲気のよさげなオープンテラスのカフェの場所を思い出し、ミリアリアとまずはそこでお茶でもしようと考えながら、再び時計に目をやった。 ミリアリアとのデートに浮かれて、30分以上も前に待ち合わせ場所に到着していたディアッカだったが、あれやこれや考え事をしていてるうちに約束の時間をとうに過ぎている事に気付いた。 「あれ?」 アークエンジェルでは彼女の顔見たさに目覚まし代わりに起こしてと頼みこめば、必ず約束の5分前に部屋へやって来てはノックをしてくれた。そんな律儀な性格の彼女が10分も遅刻しているではないか。 でもまぁ、アークエンジェル艦内でもあるまいし、交通機関に遅れやなんかあるかもしれない。 焦る事はない。俺達にはこれからたっぷりと時間があるのだ。 木々の隙間から零れる心地よい日差しに目を細めながら、ディアッカはもう一度深く深呼吸をし、空を見上げた。 しかし、待てど暮らせどミリアリアは現れない。 どうしたもんかとあらかじめ聞いておいた携帯電話に掛けてみるが、数秒間呼び出しがあった後、留守番サービスに繋がる。念のためメッセージを残し、数分後に再び掛けてみるがやっぱり繋がらない。 少々心配になったディアッカは、携帯の端末を使って救急センターに問い合わせるも、特に事故や事件の情報はない。 あいつの性格からして、着信やメッセージがあれば返してこないはずがない。 時計を見れば既に約束の時間から一時間が経とうとしている。 どういうことだ? ------まさか、すっぽかされた? 「くそっ!」 ディアッカは立ち上がると、今まで自分が座り込んでいたベンチを目一杯蹴り上げた。 人工的にしては激しい雨から逃れる事も出来ず、とぼとぼ雨の中を歩いて帰還したミリアリアは、全身がずぶ濡れだった。 つい先程までの浮かれ気分でお洒落して出かけた自分が遠い過去のようで、雨に打たれた体が想像以上に疲れているのか、シャワールームのドアを閉めると同時に水分をタップリと含んだワンピースの重みも手伝って、その場にへたり込んでしまった。 クルーのほとんどが艦外に出ていてよかった。ココまで辿り着くのに、エリアごとにチェックするザフト兵数人と顔をあわせた以外には、誰にも会うことなく済んだ。 下手に詮索されるのもいやだ。 グッと喉の奥で詰まるものを堪え、腫れあがった足から靴を乱暴に脱ぎ捨てると、血が滲む指先をそっと撫でた。 昨夜は緊張のあまり眠れなかった。 今朝は胸がいっぱいで何も食べられなかった。 (なんでアイツなんかのために・・・) 突然、空腹感に襲われる。 「あとで何か食べよう。その前にシャワー浴びなくちゃ、風邪ひいちゃうわ」 ミリアリアは泥で汚れたミュールをそのままに、バタバタとバスルームへ駆け込んだ。 さっと熱いシャワーを浴びたならば、すぐに冷えた体は温まった。 鼻歌交じりで食堂の冷蔵庫からよく冷えたミネラルウォーターを取り出し、エターナルからの差し入れのパウンドケーキを数切れ皿にのせ、自室に向かった。 ふと気を緩めると、何度も頭をよぎりそうになる何かを頭の隅に必死に追いやり、自室へ入るなり乱暴にベッドに座り込んだ。 「かわいそうな足」 血が滲み、少し熱を持った足を摩った。 ポーン。 ふいに部屋のインターホンが鳴った。 「は〜い、今出ます」 艦内に残っている人なんて誰だろう?と思いつつも、ミリアリアは無用心にも訪問者を確認することなくドアを開けてしまったことに、すぐに後悔をした。 通路で不機嫌そうに腕組みをし、オーブ軍服ではない私服姿の男性。 なんと、そこには先程、頭の片隅に追いやったはずの男が立っているではないか。 ぎょっとしたミリアリアはスグに強制的にドアを閉めようとするが、既にその男の手によってがっちりと閉じられないように固められてしまっていた。 「・・・おまえ、やってくれるじゃない?」 遠い過去、この男のこんな不機嫌極まりない表情をいつだったか見たことがあったなぁとこんな状況ながらもぼんやりと思い出す。ツイと顎を挙げ、人を見下すような目。今、現在、目の前に立つこの長身の男は、えらく怒っているようだ。 軽い恐怖に一瞬怯みそうになるが、腹を立ててるのはこちらのほうだ。ミリアリアも負けじと睨み返す。 「それは、こっちの台詞よ!ちょっと手を放しなさいよ!ドアが壊れちゃうでしょう?」 ミリアリアは両足を踏ん張りディアッカの体を押すがビクともしない。 「あぁっ?デートの約束をすっぽかしといて、なに言ってんの?妙な期待もたせてくれちゃってさぁ」 「ルール違反したのはそっちでしょっ!?放してっ!」 「俺がなにしたって言うんだよ、何時間も待たせやがって。おまえがこんな嫌がらせするヤツとは思わなかったよ?」 「あんたこそ、あんな可愛い黒髪の女の子も一緒だなんて聞いてないわよ?彼女がいるならいるって最初に言ってよね!」 「はぁ?女の子?・・・あぁ、道を聞かれてただけだけど?」 「ほんとうかしら?寄り添っちゃってさ、なんかデレっと鼻の下伸びてたわよ〜?」 「寄り添ってないし、鼻の下も伸ばしてないっつーの!」 「えー?伸びてたわよ〜!ついでに目尻もこ〜んなに垂れ下がっちゃってたわよ〜!かっこ悪い!」 「あぁっ!?これは生まれつきデス」 「へぇ〜」 「なんだよ、誤解だって言ってんじゃん?」 ディアッカは埒が明かないとばかりに詰め寄り、空いた手でミリアリアの片方の腕を掴んだ。 「やだっ!放してっ!誰か助けて〜!」 「ちょっと、なに言ってんの?」 「おい」 突然、静かに割り込む声に、二人同時に顔を見合わせて驚く。 「おまえさんら〜よぉ、相変わらず仲がいいのは分かるが、そういうのは部屋ん中でやんな」 プラント内へ観光に出ているはずのマードックが、二人の横をひらひらと手を振りながら通り過ぎて行った。 呆然と通路の奥に消えていく彼の姿を見送った後、ふと同時に互いの目が合うと、 腕を締め付けられていた圧迫がふわっと緩んだ。その隙にミリアリアは腕を振り払い室内へ入っていった。ディアッカも一瞬悩むが、そのまま彼女について部屋へ入った。 静かな電子音とともに、ディアッカの背後でドアが閉じた。 彼に背を向けたまま、暫く沈黙が続く。 ただでさえ人がほとんど出払って静かな艦内。さらにこんな密室で、不本意な再会を果たしたディアッカと二人。 小さく吐く息すら彼の耳に届いてしまいそうで、微動だにする事が出来ない。きっと向こうもこちらの出方を探っているに違いない。 ------こんなはずじゃなかった。 「さっき黒髪の女って言ったな、・・・おまえ、待ち合わせ場所に来たの?」 部屋の真ん中で佇むミリアリアにディアッカはひどく落ち着いた声で話しかけた。 「・・・知らない」 ------また、こんな可愛くない言い方。 素直に話せそうだと思ったのは、勘違いか?二年経ってもちっとも成長の無い自分に腹がたつ。 ディアッカはゆっくりとミリアリアの正面に回りこみ、腰に手を当て背を丸めながら俯く彼女の顔を覗きこんだ。 「来たんだろ?」 実はこの自分の目線に合わせてくる彼には弱い。 「・・・アークエンジェルにいた頃はいっつも私を目覚まし代わりに使ってたような人間が、待ち合わせの30分も前に現れて可愛い女の子と一緒にいたら、何にも思わないわけないじゃない。ま、アンタだし・・・」 ミリアリアは目線を合わさないまま小さく呟くと、ディアッカは盛大に溜め息をこぼした。 「あのさ、アークエンジェルでミリアリアを目覚まし代わりに使っていたのは、毎朝顔を合わせられるための口実。今日、30分早く現れたのは一刻も早くミリアリアに会いたいから。あの女の子はホントに道を聞かれただけなの。ま、ちょっと馴れ馴れしかったけどね。好きな女の子とデートなのに、他に女の子連れてくるわけないだろ?」 相変わらず恥ずかしくなるような事を、面と向かって照れることなくさらっと言う。 ミリアリアはどんどん顔が熱くなっていった。 「・・・初めて好きって聞いた気がする」 チラリと視線だけで彼の顔を見る。 ディアッカはそうだっけ?と屈めた体を起こし、ちょっと困ったように微笑んだ。 「そうよ、アンタの意味深なその態度が本気なんだか冗談なんだかわかんなくて、すっごく悩んでたんだからっ」 「あ、ほんと?じゃ、ちゃんと言う。ミリアリアが好きだよ」 ディアッカの間髪入れることなくあっさりとした物言いに、ミリアリアは妙にカチンときてしまう。 「とってつけたみたい」 「なんだよ、はっきりしろって言ったのそっちでしょ?」 「もう!心がこもってないって言ってんの!ホントに私のこと好きなの?」 「好きだよ、大好き」 「軽いっ!私はこんなにアンタのコト・・・っ!」 突然、視界に浅黒く大きな手のひらが入り込んだ。 何が起きたのか分からなかったミリアリアだったが、数度瞬きをした後、その手のひらの向こう側で嬉しそうに微笑む顔があった。 「ゴメン。俺も悪かったかも?公園のあの状態は誤解を招いたよね、ごめんね」 ミリアリアは喉まで出掛かっていた言葉を、息と一緒に飲み込んだ。彼が静止してくれなかったらもう少しで言ってしまいそうだった。雰囲気とか考えナシなのは私のほうかもしれない。 「だから、仕切りなおしシヨ、デート」 以前よりも高い位置にある穏やかな色の瞳に見下ろされ、ミリアリアは頬が熱くなり、思わず目を逸らしてしまう。 (後でランドリーにワンピースを取りに行かなきゃ。それから、この靴擦れも治さなきゃ) ミリアリアは血が滲む素足を見つめ、彼の提案に「OK」をした。 私たちは生きている。だから何度でもやり直しがきくのだ。 何もかも、もう一度、始めよう。今度こそ、素直な気持ちで。 今はサイトを閉鎖してしまわれた、たまやす様に捧げます。 私の聞き間違いでなければ、ご本人様が「☆要素もいいな〜」と言ってらっしゃったので、実はオマケがありますの。 ☆のお部屋に・・・ |