前回紹介した篠田氏の『徳川将軍家15代のカルテ』の中に、綱吉の低身長説に言及された箇所がある(ななめよみ16)。氏は低身長説を肯定した上で、その原因を考察されている。たいへん興味深くはあるのだが、こういう点にはやはり慎重にならざるを得ない。
綱吉の身長が異様に低かったという根拠は、三河大樹寺の歴代将軍の位牌である。生前の身長にあわせたと伝えられるこの位牌、最も低いのが綱吉のもので約124cmだという。文字に書かれた史料だけが重要で、伝承などには何の価値もないのだ、というような主張をするつもりはない。しかし、それだけが根拠になるような場合は安易に飛びつくべきではないだろう。
綱吉の場合、儒学の講義をしたり能舞台に立ったり、きわめて露出の多い将軍である。人並みはずれた低身長であれば、当然隠しおおせるものではない。そのうえ(当否はともかく)あることないこと書かれている将軍でもある。異様な小ささであったなら当然面白おかしく書き立てた記事が残っていて然るべきだが、そうしたものがあるという話は寡聞にしてきかない。
いや、むしろ逆の証言もある。アルベルト・ブレヴィンクというオランダ人は、将軍就職前の綱吉の「立派な風貌」に強い印象を受けた、という(原典を確認していないが、ボダルト=ベイリー『ケンペルと徳川綱吉』中公新書による)。もちろん身長が低くても風貌が立派であることはあるが、病的に身長が低かったとすれば初対面の外国人に強い印象を与えるのは風貌の立派さではあるまい。綱吉低身長説に乗る気はしない。
篠田氏の本はとても面白い。それだけに、影響は大きいだろう。綱吉低身長説が事実のように流布していくとすれば、問題である。将軍の身長にあわせた位牌という伝承の方を、慎重に吟味する必要があるはずだ、と思うのだ。