Nameless

 ここはイヴァリースのとある森。そこに今、キョロキョロしながらゆっくりと歩いている一人の青年の姿があった。

「うーむ。迷ってしまったかな……。いつもと違うところを、と思って入ったのが軽率だったか……」

 青年は左手に持っていた弓すら持つのも疲れ、背負っていたバッグの脇に取り付けられている弓袋へと差し込む。
もうこの森に入り込んで既に二時間は経過していると思われるが、幸いにもモンスターの気配はないので、武器を持って構える必要はないだろう、と青年は判断した。
そうしてやや重くなったバッグによいしょと力を入れて背負い、再び立ち上がると、森の出口を求めつつ再び歩み始めた。

 外が少しずつ暗くなり始めた。高い木々の隙間からわずかに見える空は既に橙へと染まっており、もう帰らんとばかりにどこからかカラスの鳴き声も聞こえてきた。

「まいったなぁ……。ここまで深い森だったなんて……」

 青年は万一のことを考えて食料やポーション類は用意してある。最悪今日はこの森で野営かな、と考え始めていた時だった。

「え?」

 何か美味しそうな匂いと前方奥に見えるかすかな光。明らかにそれは人為的なものだ。

「この森に人がッ……!?」

 幻かもしれない、と思ったがダメで元々。青年は匂いと光の方へと足を向けてみた。

----幻ではなかった……。

 青年が向かった先にあった小さな広場。そこにあったのは小さなログハウスだった。かなり簡素に建てられているが、良質な木材を選んだのか結構丈夫に出来ているようだった。匂いの元もこの家から来ているようで、ここで休ませてもらえないかお願いしてみることにした。

 青年がこんこんと家の扉をノックする。やはり思った通り、しっかりとした木で作られており、ノックする音も感触も心地よかった。

 しかし、少し待ってみるも何の反応もない。

「変だな、誰もいないのかな?」
 何か料理を作っている気配があるのに反応ないのもおかしなことだった。

----まさか、居留守……?

 確かにこんな辺境の森だ。他人と関わりたくない者が住んでいる可能性だってある。そう考えるとノックしたことすら悪いように感じてきた。
 やっぱり諦めるか、と下がろうとした瞬間だった。扉が小さく開いたのは。

「あの……どちら様ですか?」
 声の主は女性だった。やや明るい若めの声だ。しかし扉は小さく開いてるだけで、姿は見せようとしない。やはり他人との関わりを避ける相手なのだろうか。
「あ、すみません……この森で迷ってしまいまして。もし差し支えなければ少し休ませていただけますか?」
 そして少しの間訪れる沈黙。やっぱり何も言わずに立ち去ったほうが良かったか、そんな不安が入り混じる中、青年は女性の返事を待った。
「ちょっと待って下さいね」
 足音が段々と小さくなっていく。どうやら家に住んでいるのは女性一人だけではないようだ。しばらくすると、また足音が大きくなってきた。

「どうぞ。上がって下さい」
 女性は青年を家へと招き入れた。

 簡素に建てられた外見通り、中も簡素に造られていた。家は初めて入った人でも一目で全体構成が分かるくらいで、それは玄関を兼ねる居間と奥の方にある小部屋が一つだけであった。

「すいません、突然お邪魔させていただいて」
 青年は女性と、家の主と思われる男性に頭を下げる。
「いいんですよ、困っている方を放っておけませんし」
「何もないですけど、ゆっくりしていってくださいね」
 声からして本当に歓迎してくれているのが分かって、青年はようやく森に入ってから今までの不安が解消された気がした。




「そうですか……いつもと違う森に来てしまったと」
「ええ。私はこの森から少し離れた集落に住んでいて、狩りで生計を立てています。ちょっとした好奇心からいつもと違う森に、と思って来てみたら迷ってしまいまして……」
「この森は凶暴なモンスターとかはいないようなのですが、結構暗くて深いので迷いやすいんですよ」
 そこまで言うと、男性は女性にちょっといたずらっぽい笑みを浮かべて話を続ける。
「前にこいつが散歩に、と昼に家を出たら夕方になっても帰ってこなかったんですよ。で、気になって探しに行ったらやっぱり迷ってましてね。見つけた時には半分泣きべそかいていたんですよ」
「もう! そんな話お客さんにしないでよ!! あれ恥ずかしかったんだから……」
 そして青年と男性は豪快に笑い出し、女性はというと顔を真っ赤にして頬をふくらませていた。

「へえ……この弓が……」
 青年はバッグの弓袋から弓を取り出し男性と女性に見せる。かなり年季が入っているが、弦が鋭く張ってありまだまだ頑張らん、と言わんばかりだ。
「ええ、幼い頃父に弓を教わってからずっとこれを使っているんです。まあ、私の相棒ってところですね」
「ということは弓の腕前は一流なんですね」
「いやいや、そんなことないですよ。私は未だに見習いってところです」
「でも、これ本当にいい弓ですね。ここまで使いやすい弓、見たことないですよ」
「本当ですか? そこまで言われると何だか照れちゃいますね」
 そんな他愛無い雑談で話は大いに盛り上がり、光と賑わいが森の一角を染める中、夜は静かに更けていった。

 そして翌朝、二人は青年を森の出口まで案内してくれた。
「ここまで来れば後は出口まで一直線です。どうかお気を付けて」
「すみません。少し休むだけだったのに泊めてまでいただいて」
「いいんですよ。私達も楽しかったですし」
「そうね。あれだけ笑ったのも久しぶりでしたしね」
「お二方も、どうか気を付けて下さい」
 青年は気持ち軽く手を服にこすりつけて汚れを落とし、笑顔で右手を差し出す。
男性も同じように手の汚れを服で落とし、やはり笑顔で右手を差し出して強い握手を交わした。
そして青年は、同じように女性とも……。

「それでは、また!」
 青年はもう一度二人に笑顔を向けて、そして背を向け森を後にした。しかしこの時、青年は気付いていなかった。
笑顔を返した二人に、やや陰りがあったことを……。




 そして一週間後、青年は再び森へとやってきた。先週の恩返しをすべく、青年は集落自慢のチョコボ焼きを片手に、口笛を吹きながら森の奥へと進む。

「えっと……確かこの辺に……あ、あったあった!!」
 目的のログハウスが視界に入った。しかし、前とは雰囲気が違う。
「あ、あれ……?」
 人の気配が全くない。先週の雑談で聞いた話だと、普段は男性が狩りや採掘で家を離れていることが多いが、女性は家で家事をしていることが多いという。そして前と同じように二人が居そうな時間帯を考えてやってきているのに、誰もいないのはおかしいと感じた。

「おかしいなあ……出掛けているのか?」
 青年は扉をノックしてみるも、予想通りいくら待っても反応がない。

 待っているうちに不安になってきた青年は、悪いと思いつつも扉をそっと引いて開けてみた。そして……。

「そ、そんな……」
 何もなかった。確かに最初入った時にも物はそれ程置いていなかったが、それがきれいさっぱり無くなっていた。

「まさか……?」
 先週あったことを思い浮かべてみる。ノックしてもすぐに反応なかったこと。事情を説明して家に入れてもらうまで間があったこと。そして楽しく話したのが久々だったということ……。

「本当に……他人と関わりたくない人たちだったんだ……」
 それはおそらく本人たちの意思ではない。もし本当にそうだったらあの日夜遅くまで談笑したりはしないはず。事情は知らないがそうさせてしまう出来事が彼らにあった、と。

「ということは……私は……」

----ここを見つけてしまったがために彼らを追い出してしまったのか……!!

 きっとあの二人はそうやって世界を転々としている者たちなのだろう。それなら家の中にあった物の少なさも説明がつく。
 全てを悟った青年は、全身の力がすっと抜けて床に膝をつき、零れ落ちてくる涙を止めようともしなかった。

「すまない……本当に、すまない……」
 青年は、静寂が支配する森の中で一人、もう何処にいるか知れない二人に泣きながら謝り続けた。




 気が付いた時には外で雀がチュンチュンと鳴いており、窓からかすかな光が差し込んでいた。目がしぱしぱして痛い。どうやら泣いたまま眠ってしまったようだ。
 青年はそのまま少し考え込んでいると、やがて何か思い立ったらしくバッグの弓袋に立てかけてあった弓とバッグの中から数本入った矢筒を取り出すと、それを窓際の壁にそっと立てかけた。

----もう会うことはないだろうけど、もしいつかきみたちがここに戻ってくることがあったら、これを私だと思ってくれ。きみたちは、きみたちだけじゃない。それが今どこかにいる彼らに伝わることを願って……。

 一晩だけの他愛無い会話だったが、これまでの人生以上の価値があった。その証を残して青年は静かに家を去った。無人の家には、窓から射し込んでいるかすかな太陽の光が青年が置いていった弓と矢を優しく照らしていた。

-- END --

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あとがき

 固有名なしのストーリーですが、ゲームクリアされた方なら誰のことかはすぐお分かりかと思います。もし彼らが生きていたとしたら、こんな感じでその後の人生を送っているのでは、という考えの元で書きました。

 エンディングで「その後、二人の姿を見た者はいない」とあるけど厳密には「見た人はいる可能性はあるけど、その人物のことを知らなかっただけ」というのはありうる話ではないかと。いくら異端者として手配されていても全員が全員知っているわけではないですからね。

(2012/6/10 Water-Nite)