言語の構成レベル
世界には、3000から5000もの言語が存在していると言われるが、そのうちどれか一つの言語―ここで仮にX語としよう―を対象にして、X語の内部構造を調べていくことにしよう。つまり、X語を、構成しているパーツへと「分解」してみよう。分解し、より小さい単位に区切っていくことで、X語がどういった構造をもっている言語なのか分かるのである。そうすれば、構造の点から、他の言語、たとえばY語との関係を語ることが可能となる。構造の類似が見られれば、X語とY語は、ともに同じZ語から生じた「姉妹の関係」にある言語だと言えるかもしれない。このように、分解することで言語の構造を調べてゆくと、学問的な議論の幅が広がるのである。
さて、言語の分解にあたっては、注意すべきことは、連続しているものを意味もなく分断してはいけない、ということである。分解は、意味の区切り目で行われる必要がある。つまり、分解によって「意味ある構成要素」が抽出される必要があるのだ。
また、分解して得られた「意味ある構成要素」は、元はくっついていたのであるから、どういう法則性のもとに結合されていたのかを知らなくてはならない。
いわば、「組み立て規則」を見出さなくてはならないということだ。言語の分解とは「意味ある構成要素」と「組み立て規則」を知ることなのである。
ではここで分解対象を文、語、音の3つとしよう。実は文、語、音のそれぞれの厳密な定義は、それ自体難しい問題だが、ここでは日常的な意味で考えよう。まず、文を分解するというレベルが考えられる。これを統語論 (syntax)と呼ぶ。次に、語を分解するレベルがあると考えられ、これを形態論 (morphology)という。また、音の分解をするレベルも想定できるだろう。これを音韻論 (phonology)という。ここで「~~論」と呼んでいるが、「論」というのは、学問の下位分野の意味である。
ちなみに、分解のレベルは3つとしたが、もっと多くのレベル設定をする人もいる。
これら3領域のうちで最も人気があるのは統語論である。しかしどうもブームに流されている研究も多い気がする。統語論は「文法理論」という意味で用いられることもあり、文法理論はものすごくたくさんの数が提案されている。
最も堅実なのが音韻論であるだろう。これは音声学というサイエンスを直接、援用できるからだ。そして、その中間が形態論である。研究者によっては、形態論という分野は不要であると見なすこともある。
理論的には、これらのレベルは小さいほうから議論していかなくてはならないと考える人がいる。つまり、音韻論から始め、次に形態論の議論をし、最後に統語論、という順番で論じるべきであるという人がいる。構造主義言語学という時代の考えは、そのように、上のレベルはその下のレベルに依存するだろうという意識を持っていたようだ。学問は積み上げるものだという意識からすれば非常に自然な発想である。ただし、そういった下から上へと積み上げる方式をとらなくてもいいという考えが、チョムスキーにより提示され、統語論の研究が盛んになった。
さて、それぞれについては個別のページで詳細をみていただきたいが、上で述べた「意味ある構成要素」と「組み立て規則」としてどのようなものが得られるのかについて、具体例は全く出さずに大雑把に述べよう。まず、統語論の「意味ある構成要素」は、句や語である。つまり文は句や語から成り立つものである。また統語論における「組み立て規則」は、たとえば、句構造規則というものがある。とはいっても、統語論は、理論がたくさんあり、さまざまな考え方をするので、一概に言うことは難しい。次に、形態論における「意味ある構成要素」は、形態素と呼ばれるものである。語は形態素から成り立っているのである。「組み立て規則」というものは形態論の研究ではあまり見出されていないかもしれないが、不思議なことに、統語論の一部の理論で提案されることがある。最後に音韻論において「意味ある構成要素」は、音韻素性と呼ばれるものである。音韻素性の可能な組み合わせは有限であるので、ふつうは表(マトリックス)として提示される。
レベル | 分解対象 | 意味ある構成要素 | 組み立て規則 |
統語論 | 文 | 句、語 | あり(句構造規則など) |
形態論 | 語 | 形態素 | ? |
音韻論 | 音 | 音韻素性 | あり(音韻素性の表) |
さて、?になっている所があるものの、このようにまとめてみると、文を句や語へブレイクダウンするのが統語論、語を形態素へブレイクダウンするのが形態論、音を音韻素性へブレイクダウンするのが音韻論だとわかる。
ここで、ロジカルに考えれば、上の表では一つ抜けている行があることがわかる。形態論と音韻論の間だ。形態素を音へブレイクダウンする過程、つまり音を組み立てて形態素にする過程が抜けているのである。この分野は音素配列論と言われる分野がカバーするのだが、言語のひとつの構成レベルと言えるほどに研究されていないようだ。
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