アオリスト


アオリストとは、ギリシア語、サンスクリット語などに見られる動詞の形式である。意味、用法としては、フランス語の単純過去に近いといわれており、過去の持続しない1回きりの行為・出来事を指し示している。アオリストという変な名称は、ギリシア語「限定されない」の意味のaóristosから来ており、読みがカタカナで定着したものだ。

アオリストは、複数の形式があり、ひとつに統一されてはいない。言語によって、アオリストの形成方法は異なる。たとえばギリシア語は第一アオリストと第二アオリストという2つのアオリストの形成方法がある。サンスクリット語には7種類のアオリストがある。だが、比較言語学的には、おおよそ3つの形成法に大別できるようだ。それを以下に順次挙げてよう。どの形成法をとるかは、言語ごと、そして語根ごとに異なる。


1. s アオリスト(シグマ・アオリスト)

延長階梯または完全階梯の非幹母音型な語根に、 s が付いた形のアオリスト。語尾は2次語尾。

ギリシア語文法で第一アオリストと言われるものは、大別すればこの s アオリストに分類されるであろう。以下に例を挙げよう。

edákrusen ho Iēsoũs

イエスは涙を流した  (ヨハネ伝XI-35)


この例文では、edákrusenというのがdakrúō「涙を流す」という動詞のアオリスト形である。ギリシア語では動詞幹に付いた sa (または3人称単数ではこのように se ) がアオリストの標識となる。


2.語根アオリスト

語根に直接、語尾が付いた形のアオリスト。非幹母音型である。語尾は2次語尾。
インド・イラン語派では頻繁にみられる。


3.語幹アオリスト

ゼロ階梯の語根に、幹母音型の接尾辞としての幹母音が付いた形のアオリスト。語尾は2次語尾。PIEにさかのぼるものは殆ど無いと考えられている。非幹母音型なアオリストが幹母音型になってできたと考えられる。サンスクリット語文法では aアオリストと呼ばれることもあるようだ。
たとえば、サンスクリット語の avidat 「発見した」は、形態素に分解すると、a-vid-a-t と分けることができる。語根は vid であり、その前の a はオーグメントだ。語根の後ろの a は幹母音である。そして最後の t は人称語尾だ。サンスクリットの動詞のうち、4類の殆どと、1・6類の一部がこのようなアオリストを形成する。

それにしても、「語幹アオリスト」という用語は、thematic aoristの訳なのだろうが、誤解を招きそうだ。語幹というと、子音の語幹も含意するだろうから、子音語幹のアオリストにあるのかと推測してしまうではないか。実際はそうではなくて、幹母音を特徴とするアオリストなのだから、「幹母音型アオリスト」とでも訳すべきだろう。

このタイプのアオリストは、重複(reduplication)を示すときもある。

1.例


ギリシア語には、-ske/o- という接尾辞がある。語根は、現在形をつくるときにのみこの接尾辞をとる。 イオニア方言は、この接尾辞を、インパーフェクトをあらわすものと、過去の繰り返しの動作を表わすものとに分けた。 祖語にもこの接尾辞は再建される(*-ske/o-)。 印欧諸語ではたとえばヒッタイトでは、“iterative-durative”となり、ラテン語ではinchoative-progressiveとなった。 一般にはこの*-ske/o-は、iterativeであると考えられているようだ。
参考文献
風間喜代三『言語学の誕生 -比較言語学小史-』岩波新書
Michael Meier-Bruegger "Indo-European Linguistics" p172


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