名詞の母音交替のタイプ


0.名詞の母音交替の分類


母音交替をよく観察すると、いくつかのタイプに分類することができることが分かる。現在のところ、いくつかの類型化がなされているので、その各タイプについて紹介しよう。 まず、準備として、強形と弱形という2つの区別を覚えておこう。強形(strong form, strong case)とは、単数と双数の主格・呼格・対格、複数の主格と呼格で現われる形式を指す。弱形(week form, week case)とは、その他で現われる形式を指す。

ここでは母音交替の話をしたいのだが、以下はアクセント位置についてタイプ分けしている。これはなぜかというと、アクセント位置の違いが母音交替の様々なパターンを生んだと考えられているからである。アクセントを担う形態素は母音が残るのだが、アクセントが無い形態素は、母音がなくなってしまい、ゼロ階梯になると考えられている。


1.アクロスタティック(acrostatic) タイプ


 アクロスタティックとは、強形も弱形も、アクセントが語根にある母音交替を指す用語だ。アクセント位置が強形と弱形で変化しない、同じ位置に常にアクセントがあるタイプというわけだ。日本語での定訳が無いが、あえて訳せば「語根固定型」となるだろうか。
 語根ではなくて、接尾辞にアクセントが固定されているタイプは、メゾスタティック mesostatic という。「接尾辞固定型」とでも訳せるだろう。また、語尾にアクセントが固定されているタイプは、テレウトスタティック teleutostatic (読み方に自信が無い…)という。「語尾固定型」と呼べるだろう。しかし、この2つのタイプは、組合せ的には可能だが、実際には存在しなかったと考える人もいる。むしろ、そのような研究者の方が多いかもしれない。その場合、アクロスタティックは、単にスタティック static と呼ばれる。
ここで、語を3つの形態素に分けて考えよう。語根をR、接尾辞をS、語尾をEで表わし、そのうちアクセントがある形態素を赤で示すとしよう。このとき、アクロスタティックというタイプは、以下のようにまとめられるだろう。

アクロスタティック タイプ
強形   R + S + E
弱形   R + S + E



2.プロテロキネティック(proterokinetic) タイプ


プロテロキネティックとは、強形では語根にアクセントがあるが、弱形では接尾辞にアクセントがあるタイプの母音交替を指す用語だ。日本語では「前方移動型」とでも呼べるだろうか。ベーケス(Beekes)などの「ライデン学派」の研究者は、プロテロキネティックという代わりにプロテロダイナミック proterodynamic(PD) という。kineticではなくdynamicという語を使うのがこの学派の特徴だ。dynamisというのが「アクセント」の意味らしい。

プロテロキネティック タイプ
強形   R + S + E
弱形   R + S + E



3.アンフィキネティック(amphikinetic) タイプ


アンフィキネティック(またはアンフィダイナミック amphidynamic)とは、強形では語根にアクセントがあるが、弱形では語尾にアクセントがあるタイプの母音交替を指す用語である。「前後移動型(両端移動型)」とでも呼べるかもしれない。

アンフィキネティック タイプ
強形   R + S + E
弱形   R + S + E



4.ヒステロキネティック(hysterokinetic) タイプ


ヒステロキネティック(またはヒステロダイナミック hysterodynamic(HD))とは、強形では接尾辞にアクセントがあり、弱形では語尾にアクセントがあるタイプの母音交替を指す用語である。「後方移動型」とでも呼べるだろう。

ヒステロキネティック タイプ
強形   R + S + E
弱形   R + S + E




参考文献
児玉茂昭『印欧語の合成語における母音交替について』

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