ギリシア語




ギリシア語は、比較言語学を行ううえで欠かせない言語である。そのギリシア語がもつ特徴を少しみてみよう。
このサイトでギリシア語といえば、プラトンなどによる古典文学を豊富に持つ「古典ギリシア語」のことであり、現代のギリシア語ではない。なぜなら、比較言語学は古い言語を研究する学問だからである。

1.ギリシア語の文字

  ギリシア語は、a, b, c という「ローマ字(ラテン文字)」でなく、α, β, γ という「ギリシア文字」を使う言語である。ギリシア人は、かつては線文字A、線文字Bという文字を使っていたが、のちにセム系の文字を取り入れ、ギリシア語の音に合うように音をあてはめて使ったという。ギリシア文字はこうしてできた。これが、商取引相手のエトルリア人に伝わり、さらにエトルリア人はラテン系民族にその文字を伝えた。この結果としてローマ字ができた。すなわちローマ字はギリシア文字に起源を持っているのである。ギリシア文字とローマ字は似ているものがある。
  数学や物理で出てくるθやφといったギリシア文字に馴染がある人も多少はいるだろうが、そのような人でも、すべてのギリシア文字を知っているわけではないと思う。なのでここで、ギリシア文字を紹介しよう。ローマ字26文字が通常持つ音(音価)に対応させて、ギリシア文字を表にしてみた。

ローマ字ギリシア文字の形ギリシア文字の名称音価
aαアルファ[a]
bβベータ[b]
c
dδデルタ[d]
eεエプシーロン(イプシロン)[e]
f
gγガンマ[g]
h
iιイオータ(イオタ)[i]
j
kκカッパ[k]
lλランブダ(ラムダ)[l]
mμミュー[m]
nνニュー[n]
oοオミークロン[o]
pπピー(パイ)[p]
q
rρロー[r]
sσシーグマ(シグマ)[s]
tτタウ[t]
u
v
wϝディガンマ[w]
xξクシー[ks]
yυユープシーロン[y]
zζゼータ[zd]、のち[z]
ローマ字と、音価が対応するギリシア文字の一覧

シグマは、ときにcのような形(三日月のシグマ)で表記された。ゼータは、元は2つの子音[zd]を表す音だったが、紀元前4世紀後半頃から、[z]の音だけを表すようになったと考えられている。文字の名称は時代によって変わるので、ここに挙げた名称は便宜的なものだと思ってもらえばよいだろう。さて、以上の表を見ると、空欄がいくつかあることに気づくだろう。たとえば、ローマ字の c の右側は空欄にしている。

以上は「ローマ字 → ギリシア文字」という流れで考えたのだが、ローマ字でカバーされないギリシア文字について以下で表にしてみよう。

ギリシア文字の形ギリシア文字の名称音価
ηエータē
θテータ(シータ)th
φピー(ファイ)[ph]
χキー(カイ)[kh]
ψプシー[ps]
ωオーメガ(オメガ)ō

  これらのギリシア文字は、音価が対応する形がローマ字に無い。上記のギリシア文字が表わす音価は、ラテン語の音に存在していないため、そもそも文字を借りてくる必要性がなかったのだ。

  テータ(シータ)θと、ピー(ファイ)φは、帯気音または有気音と呼ばれる音を表す文字である。 日本人に馴染みのないこの音は、閉鎖音(p,t,k)の閉鎖の解放の後、声帯が振動し始める前に気息(aspiration)という空気が出る時間があることを特徴とする。声帯が閉鎖の解放と同時に振動を始めればこのような気息は出ないのだが、振動の開始が声門の解放よりも遅れると、その間に空気が放出され、これが気息と呼ばれるものとなるのである。 ギリシア語のように帯気音を意味の区別に用いる言語は、ほかには中国語、タイ語などがある。

  私が大学生のとき、「言語学を専攻している者ならばギリシア文字を読むことくらい常識」というような研究室の雰囲気があった。ヨーロッパの言語を研究していなくても、ギリシア文字が何の音に対応するのか知っていなくてはならない、という雰囲気だった。こういった感覚を持つのは良いことかもしれないが、初心者にギリシア文字はハードルが高いと思う。ギリシア文字を当たり前のように使うと、比較言語学で必要なエッセンスである音の比較をする上の障害となりうる。このサイトでは、ギリシア文字についてはこのページで紹介するにとどめて、以降では一切使わないことにする。ギリシア語の単語が以下でたくさん出てくるが、それらはすべて、上の表の対応関係に従いローマ字で表わすことにする。これを「ローマナイズ」もしくは「ローマ字へ転写する」という。
印欧語比較言語学の入門書はいくつかあるが、ほとんどがギリシア文字を当たり前のように用いている。そのような中にあって、Beekesの本とClacksonの本は、ギリシア文字をローマ字になおして記載しているので、初心者に優しい本だ。


2.ギリシア語の学習


町の大きな本屋に行けば、意外にもギリシア語のテキスト類はそこそこ並んでいる。また、語学学校アテネフランセでもギリシア語の講座が開かれている。日本でも、古典ギリシア語の学習の機会はそれなりにあるのだ。


私は、サラリーマンになってから、近くの大学の公開講座でギリシア語を半年ほど習った。週に1回2時間程度の授業だった。 大学のラテン語の授業と似たような形で、テキスト水谷智洋『古典ギリシア語初歩』岩波書店を順を追ってやっていった。先生いわく、このテキストは難易度がちょうど良いとのことだった。たしかに、詳しくすべきというのと、エッセンス以外は省くべきという、バランスをとるのに苦労したというのが「はしがき」に書いてある。

学んでいく中で、私はギリシア語には文の中で省略される語が多いという点が難しく感じた。また、分詞の用法がいろいろあって、難しいと言われているようで、確かに分詞が出てくると適切な日本語訳を作るのが難しく感じた。



参考文献



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