比較言語学とは
1.比較言語学
言語学には様々な下位分野がある。
そのひとつが比較言語学(comparative linguistics)である。
比較言語学とは端的に言うと、言語と言語の類似を同系性の仮定により歴史的に説明する学問である。ただ、これではよく分からないと思われるので、より分かりやすい説明を探してみよう。比較言語学とは、言語学の中の、どういった分野なのだろうか。町田健先生は『言語学が好きになる本』という著書で、以下のように比喩を用いて紹介している。
おおざっぱにいえば、血のつながった何人かの兄弟姉妹の人相や体格を総合して、その親がどういう姿かたちをしていたのかを推測するような作業を、コトバについても行うのが比較言語学だと思ってください。
町田先生が言うように、比較言語学は、あるコトバの「兄弟姉妹の関係にあるコトバ」を調べることで、「親であるコトバ」を推測する学問なのだ。しかし、言語にとっての「親」とか「兄弟姉妹」とかというのは、一種の比喩だろうが、実際はどういう意味なのだろうか?
兄弟姉妹の関係にある言語とは、たとえばイタリア語とフランス語である。この2つの言語は、もともとはラテン語であった。すなわち、もとは同じ言語であったのだが、違った変化を被った結果として、分かれて生じてきた言語の間の関係のことを、ここでは兄弟姉妹の関係と呼んでいるのである。そして、分岐する前のもとの言語のことを、親と呼んでいるのだ。
比較言語学は、比較という手法を用いて、遠い過去の言語の姿を明らかにする学問である。その意味で、比較言語学は、言語学の一分野であるし、さらには歴史言語学の一分野だということもでき、歴史比較言語学とも言われることもある。
子の姿かたちさえ分かれば、親の姿かたちは推測できるのである。比較言語学では、紀元前2000年ごろに存在したと考えられる言語についても推測することができる。現在誰も話しておらず、文献資料すら無い時代の言語の姿も推定することができるわけだ。それは要するに「歴史以前」の段階のコトバをも、学問的に推測できるということである。したがってこの意味では比較言語学はコトバの先史を探る学問であるとも言えるであろう。
過去の言語の表現形式(語形など)を理論的に再現するために、比較言語学においては、
多数の言語の間、または一言語内で、データの比較を行う。
具体例は後で紹介するつもりでいるが、
その基本的な考え方は、
現在は言語データが不規則であっても、過去においては規則的であっただろう
という推定である。
「現在は不規則だが、過去は規則的だった」・・・これに尽きるのである。比較言語学においては、この考えがすべてだと言える。
簡単に説明しよう。

このような、意味を同じくするが、形式が一方では l で、他方では r となっているとする。このような言語データがあった場合、

過去においては l というひとつの形であったが、これが r になるという変化が生じたため、現在のような不規則なデータとなった、と考えるのである。
このように、現在の不規則性を「説明」するため、変化の法則をたてるのが、歴史言語学の考え方である。具体的にはあとで実例を出しつつ説明するので、ここでは比較によって過去の言語の形式を理論的に再現するということさえ記憶にとどめていただければいいだろう。
2.同系
比較言語学は、兄弟姉妹の関係にある言語を比較する学問である。兄弟姉妹の関係のことを、「同系」と呼んだりする。では、ある2つの言語が同系であるかどうか、どうすれば分かるのだろうか? 人間ならば、DNAのパターンを調べれば分かるかもしれない。しかし言語にはそういった答えを与えてくれる便利な「設計図」は無い。
同系かどうかは、言語学外の知識によって分かる場合がある。たとえば、イタリア語とフランス語は同系であると考えられているが、西欧の歴史からすればそれは妥当な考えだと言えるだろう。イタリアとフランスは、2000年前はともにローマであった。イタリア半島はローマの中心的領土だし、今のフランスはかつてガリアと呼ばれ、カエサルによってローマの属州とされた地域なのだ。そして、ローマで用いられた言語は、ラテン語(俗ラテン語)であったと考えられている。このような西欧の歴史を知っていれば、イタリア語とフランス語が、ともに(俗)ラテン語から発達した兄弟姉妹の関係にある言語、すなわち同系言語であると考えても不自然ではない。言語学でなく、一般的な歴史の知識から同系であることが推論できるのである。
3.対照言語学
比較言語学においては、同系である言語どうしを比較しなくてはならない。
なので、たとえば日本語と英語を比べるというような作業は、比較言語学ではない。
日本語と英語は同系であるとは一般に認められていないからだ。
同系かどうかにこだわらずに言語を比べる学問もある。
それは「対照言語学」と呼ばれる。
対照言語学の目的は祖語の再建ではなく、
外国語教育に役立てるために
相互の言語の形式・意味の違いを明確にとらえることである。
よって、日本語と英語を比較するというような作業は、対照言語学に属することであると言えるだろう。
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