かちりと金属的な音がして道具屋の主人は目をさました。
何分か、一一何十分か知らないがついつい舟を漕いでいたらしい。 ずっと
健気に頭を支えていた腕がかくんと外れ、ほとんど無意識に一方の手で口元を拭う。
暗い店内。 待ってたって誰も来る気配すらしなかった。 これじゃうたたね
どころじゃないなと彼は思わず苦笑する。 それどころか、本格的に寝台を運び込み、
毛布ひっかぶって熟睡してもまるで問題ないだろう。 
帝都エンシャントで店を構えているといっても、路地裏じゃ大体こんなものだ。 
大通りの店ならまた違うのだが。 実際、罷免された将軍やら敵国の大貴族等、
嘘じゃないのと思わず疑ってしまうような肩書き持ちが出入りしてる。 
ちょっと偵察へとしゃれこむと、鼻の頭をてかてか光らせた親父が出てきて自慢話を
山程聞かされる。 何が何でも何かしら思い付いては話してくるからたまらない。 
この前は将軍様の手紙を携えた冒険者が来たと言っていた。
「青竜将軍カルラから直々の依頼なんですよ」
 宛名は同じ帝都内に住んでるらしい娘だそうで。 青竜将軍っていってもまだ
十六かそこらの小娘だから、友達に会えなくて寂しかったりするんだろうが、
そんな事ペラペラ喋っていいのかね。 
 まあ、いいさ。 そんなことよりさっきの音の正体だ。
彼は今の今まで頬杖ついて寝ていた机の下にもぐりこむと、床に何か落ちてや
しないかと念入りに探しはじめた。
 小銭じゃないのは確かだが。 ……他人には説明しにくい微妙な響きの差で、
彼は落とした硬貨がいくらのものかを正確に言い当てる事ができる。
今のはもう少し軽い。 軽くて、しかし重さに偏りがあるもの。
 しかし、青竜将軍か。 大通りの店の親父じゃないが、そんな奴と知り合いだって
なら、それは多少自慢したいのもわかる。
何たって、今じゃディンガル唯一の将軍だ。 巷では皇帝の座を乗っ取るのも時間の
問題とか云われてる。 残りは皆、戦死したり、行方不明になったり、挙句の果て
には帝国に叛旗を翻してあっという間に鎮圧されたりで、碌なもんじゃない。
 いつの間にか落ちてたらしい帳簿の切れ端なんかを集めつつ、彼はようやく陰に
挟まった指輪を見つけ、拾い上げた。
 成る程、これか。 大分前の真夜中にいかにも訳ありの親子が持ってきた品だ。
「すぐにお金にしたいんです」切羽詰まった声は今でもおぼえている。
大袈裟な爪や今ではめっきり廃れてしまった切り方に時代を感じたものの、石は
まあまあ大きく、美しく澄んだ水色に染まっていた。
形は悪いが、案外値うち物かも知れない。 よく調べるから、と伸ばそうとした
腕の横から娘は慌ててひったくり、今すぐお金が入り用なのだ、だめなら他を
当たりますと食い下がった。
「盗品とかだったりすると、まずいんだよ、こう云っちゃ何だけど」
「そんな物ではありません」
 ある人から貰った、それ以上の理由は話せない、と娘は紋切り型に繰り返す。
仕方なく適当に金額を呈示すると、それじゃ売れないと一旦は帰っていったが、
やはりどこでも簡単には行かなかったようで数日後にまたやってきた。
 あの時の指輪か。 彼は無造作につまみあげたそれを改めて見直した。
やはり、良い色をしている。 持ち主を引きずり込むような青だ。
何が映る訳でもないのに、いつの間にか時を忘れ飽かず眺めていてしまう。
 つい最近になり、またも夜中に娘がひょっこりやってきて、指輪を取り戻したいと
頼んできたが、彼はもう売ってしまったから、とこれを拒否した。
後になってやはり悪い事をしたと思い、置いていった連絡先を訪ねてみたが
もう誰もそこには居なかった。

 そういえば、と彼はふと思い出しリングの内側に顔を近付け目を凝らす。
幾分薄くなってはいたが、其処には小さく名前らしきものが彫られていた。
 だがよく見えない。 いつも部屋を閉め切っておくからだ、と彼は思い、
窓掛けをちょっとばかり寄せておこうと歩み寄る。 ついでに誰かのぞいてや
しないかと外を眺めた。
 大通りの店ならば。 彼はふと考えた。 大通りの店なら、夜更けに来るのは
名も知らん娘ではなく、それこそ青竜将軍所縁の品とかになるんだろうが。 
全く冴えない話だ。 これも場所が悪いせいだ。 
しかしこの指輪が美しいのに違いはあるまい。 

 通りには誰もいやしなかった。 しかし彼はすぐに驚いて空をみあげ、
信じられないものをみるように口をぽかんと開けた。
「何だ、あれは」
 焦りつつ扉を開け、外へと飛び出す。 
よく晴れあがっていた。 全くもって美しい青空だった。 昼だというのに
流れ星が後から後から無数に飛び上がり、上空を通過して城の方へと集まっていた。
「何だ、何があった」
 向かいの家の窓から住人が顔を出す。 見る間にそいつも得体の知れない光に
包まれた。 よくみるとあちこちの家から光の柱が立ち上がり、一瞬の内に
流れ去ってゆく。
 彼は慌てて家の中へ戻ろうとしたが、すぐに何か巨大な力に掴まれた。
引き摺りだされながら彼は必死にそれでも何とか助かろうともがいた。 あの指輪が
床に落ちている。 拾わなきゃ、そう思った所で意識が途切れた。