1.
転送機が低く震動音をたて小刻みに揺れている。
オイフェは少し離れて立つセルをそっとみた。 俯いた横顔は固くこわばり
我慢も限界とでもいうように目元が険しくなっている。
先程から万事この調子だ。 ケリュネイアに弓を渡すよう要請した時も、
結果勃発した激しい口論の最中になぜか屋敷にいたらしいフェティが乱入しても、
セルは只の一言も発せずひたすら待っていた。
口論になった事を詫びようかと少しの間考えてみたが、すぐ諦める。
どちらにせよ、閃光の弓は必要なのだ。 この先に待っている巨大な存在を思えば。
扉が開く。 自室へ入っていったケリュネイアが戻ってくる。
手には金色に輝く弓を持っていた。 七つの山越えその先に立つ人の眉間すら
正確に射る事のできるという伝説を残す武器だ。
一旦はこちらを向いたが、流石に直接手渡すには抵抗があったのだろう。
ケリュネイアはセルにそれを差し出した。
「この弓があなたたちの役に立つというのなら、使って」
視線はセルを向いたままでも、その言葉は明らかにオイフェを指している。
言い終わるとケリュネイアは幾分気まずそうに、けれど微笑したととれなくも
ないくらいの曖昧な表情を浮かべ、こちらをみた。
オイフェも黙ったまま頷き、弓を受け取ったままぼんやり佇むセルに歩み寄る。
ケリュネイアは無限のソウルの持ち主に大事な弓を託しただけなのだ。 自分の
嫌悪するダークエルフなどではなく。
そして、無限のソウルの持ち主はたまたま入手した弓を、それを一番うまく
扱うことのできるオイフェに渡そうとするだけの事。
意地っ張りね、どちらも。 オイフェは微かに笑いらしきものを浮かべ、
セルに両手を差し出す。
セルはまだ弓をみていた。
「金色の弓……かっこいい弓……」
「セル?」
しかしセルはオイフェの不思議そうな声に全く耳を貸さなかった。
そうして厳かな調子でケリュネイアに言った。
「ありがとう、大切に使わせてもらうね」
「セル!」
ケリュネイアは最初少し驚いたようだったが、これもオイフェの叫びは
あっさり聞き流し淡々と答えた。
「その弓は貴方に渡したのだから、どうしようと私が文句を言う事はないわ」
じゃ、そういう事で、とセルは立ち去ろうとする。
「待ちなさい、セル!」
「あ、エンシャントにはオルファウスについて来てもらうから」
「わかったわ、セル。 それじゃあなた、そこの転送機に乗って」
「えっ……」
2.
危うく転送されかけたオイフェは必死に次元を乗り越え帰ってきた。
「セルッ!」
「ああ、さっきのは冗談だから、そう、冗談」
確かに満更口からでまかせでもなかったらしく、セルは猫屋敷でお茶を
飲みつつ待っていた。
「ごめんね、オイフェがびゅんって矢を飛ばす所みてたらつい欲しくなって」
やや機嫌を直したオイフェは、それじゃ今度こそ……と両手を差し出す。
セルはにこにこ笑いながら荷物を探り、古い弓矢一式を取り出した。
「私も昔、練習した事あるんだよ、ほら」
「これは町で売られている一番初歩の型ね」
オイフェは渡された弓を調べつつ言った。
「これでも鍛えればそこそこの物にはなる」
「本当?」
「ええ、でも所詮町で売られているものは皆その程度よ。 精霊の力を
宿した弓には勝てない」
オイフェの前にもお茶のはいった碗を置こうとしていたケリュネイアは、
その言葉を聞き黙って頷いた。
「精霊の力か……疾風の魔弓とか、閃光の弓とか」
「もうひとつ此処にあるのを忘れないでくれる?」
オイフェは背に負った強弓を取り出した。
「私のエメルの弓、これは風属性が付いている。 妹が大事にしていたから、
手入れもゆきとどいているし、軽くて扱いやすい」
あら、見せてくれる、とケリュネイアが顔をだす。 オイフェは少し躊躇い、
セルにそれを手渡した。
「魔王を倒した伝説を持つ弓と並べられては迷惑かしら」
「いいえ、そんな事ない、よくわかるわよ」
セルの側に立ち、真剣な表情でみていたケリュネイアは熱意を込めて言った。
「貴方がどれだけこの弓を大切に思っていたか、見るからに伝わってくる一一」
言い過ぎた、と思ったかケリュネイアはそこで急に話を止め、照れくさそうに
顔を赤らめた。
セルはぼんやり手にしたエメルの弓を眺めている。
「やっぱりいくら練習したって強い弓には勝てないのか……」
「そうかしら」
オイフェはセルから渡された古い弓を引き、構える。
「少なくとも私なら、これで貴方と同等以上に戦えるわよ、セル」
確かにその立ち姿は絵から抜け出た武神を思わせ、凛々しくも美しい。
セルは感嘆の声をあげた。
「さすが、どんな弓でもオイフェは使いこなせるんだね」
「そうね、悔しいけど貴方が腕を備えた者である事は認めるわ」
「ほんと、弓を扱わせたら右に出る人いないや」
「そ、そう?」
「ええ、その通りよ。 あらセル、庭で父さんが待っているわ」
「あ、本当だ。 じゃオイフェ、私行くから」
じゃ、そういう事で、とセルはそそくさと立ち去る。
「え、ちょっと、あのその弓……」
「それじゃあなた、そこの転送機に乗って」
「えっ……」