「もう、どうして今日はこんなに暑いわけ? 信じられないわ、こんな炎天下で
碌に休みも取らず歩き続ける冒険者って。 ちょっと、聞いてるの、セル?」
 セルは答える代りに隣をみあげた。 抱えている荷物が重すぎて、腕がずっと
震えている。 正直、放っておいても頭が煮え立ちそうなこんな日に、更に
疲れそうな会話なんかやってられなかった。
「大体貴方は世界が驚きに満ちている事を証明してくれる筈でしょ。 それが
どうしてこんな地味な旅に繋がるのよ。 つまらないわ、ほーんとつまらない!」
 隣を歩くセラは如何にも関心無いと言いたげにまっすぐ歩き続ける。
セルは微かに溜め息を吐き、視界がぐらぐらと揺れるのを感じながら口を開いた。
「そうだね……ええと、今日なんかとても暑いよね。 でも冒険者は気にせず、
ずっと歩き続ける。 信じられない。 ……そうだよね、フェティ」
「ええその通りよだけどアタクシは一一」
「そう。 こんな時に歩くなんて、信じられない。 ……驚いた。
ほら、さっそく一つ驚きがみつかったよ、良かったねえ、ほんと良かった」
「何ですって?」弱々しく笑うセルにフェティは眉を吊り上げた。
「誰が貴方達の下らない日常を証明しろって言ったの! アタクシがそんな
卑近なものに興味をもつわけないでしょう。 もう全くみっともない彫像とか
下等生物の書いた手紙だとか、どうでもいい詰らない仕事ばっかり!」
「同感だ。 全く下らない使い走りばかりだな」
 頭上で声がしたかと思うと、ふいと嘘の様にセルの両腕は軽くなった。 
隣を窺えばセラが舌打ちしながら女神像の包みを抱え直している。
ありがとう、と言おうとして相手の無表情にセルが気後れしていると、少し
離れてついて来ていたレルラ=ロントンが助け船でも出すように口を挟んだ。
「世界は驚きに満ちている、か。 いい言葉だね。 例えば冷たく澄んだ
地底湖のほとりで虹の光彩を持つ石を見つけた時とか」
「そう言えばコロル石か何かを採ってくる依頼があったわ。 凄腕の剣士だか
知らないけれどモンスターに倒されてアタクシが仕方なく火の魔法で焼き払った」
 隣を歩く者の空気が微妙に変わる。 
「そ、そうだ」セルは急いで言った。
「色々な街で、実はとっても偉い人とか、その世界の達人とか、意外と気軽に
そこら辺を歩いてるよね。 レルラが居なければ話す事もできないひととか……」
「そうそう、そうやっていつの間にかパーティにドワーフとか入ってるのよ。
酒場と仲良しなのは子ども臭いリルビーだけで十分だってのに」
「フェティ、君はそうやってすぐに他人を軽んじるけど」
 レルラの口調からいつもの快活さが消えている。
「この前はざまの塔で出会った怪物を覚えているかい。 セルが先頭に飛び出て
皆を庇っていた? あれが無ければ魔法も何もとても使えなかった」
「よーく覚えてるわよ」フェティは別に何も感じた風もなく答えた。
「余計な怪我して早く帰らなきゃならないのに、道に迷ったのよね。おまけに誰も
治癒魔法覚えてないし。 あの時アタクシがいなければどうなってたか……」
「も、もうすぐ村に着くから休憩しようか」セルは目の前の景色に内心ほっと
し、二人を遮って言った。
「皆、何食べたい? もうさっきからお腹すいて倒れそう」
「どうせどこの宿屋に入ってもイモとマメばっかりの皿が出るだけじゃない。
セル、貴方ほんっとうにアタクシに証明してくれる気はあるんでしょうね?
もう今すぐに出来ないっていうなら、それなら一一」
「おおっ?」ずっと黙っていたセラが小石に躓いてバランスを崩した。
両手から女神像の包みが滑り落ちる。
「おっと」素早く抱え直し地面に落下するのを防いだ所で、セラは
硬直する3人を見回し、悠然として口を開いた。
「確かに世界は驚きで満ちている様だな」


 宿屋に入っても、まだ沈みきらぬ陽がうだるような暑さを残している。
セルは窓辺にもたれながら遠くを見ていた一一いつも此のひとときが
一番落ち着いた。 そうでなければ酒場の片隅に座り、大して飲みも騒ぎも
せず、ぼんやり目の前の光景を眺めているか。
 背後から誰かけたたましく駆け込んで来る。 振り返るより早く、相手は
甲高い声で不平を喚き散らした。
「もう我慢できない、もーう我慢できないわ! セル、貴方はアタクシに
あんな貧相なベッドで眠れと言うの? 食事はやっぱりイモとマメばかり。
昼間はうやむやになったけど、これの一体どこが一一」
 まあ、高貴で優雅なエルフにとってはもっともな不満なのかもな。
セルは相手が怒りで顔を赤くしたり青くしたりするのを何となく面白く思い、
眺めていた。 そしてその視線が尚怒りを助長するのに気が付いた。
 高貴で優雅なエルフね。 確かに目の前の相手に会う前はそんな印象を
持ってもいたけど。 神秘的で、永い時の流れをずっと生きてきて……
(だがしかし)目の前にいるこれもエルフ。 
「……ある意味これも驚きに満ちていると言えるかも」
「何ひとりで納得してるのよ! いい事、もうすぐにでも証明できないなら、
貴方は一生、一生、アタクシに仕える事よ、いいわね?
言っておくけど此れは冗談じゃなくてよ、いい加減な気持ちでいると後悔するわ!」
 大分叫び尽くしたのだろう、フェティはそれだけ言い終わるとまた部屋へと
戻っていった。
(元気だなあ)それでも確かに頼りになる仲間というのも事実なのだ。
レルラはこっそり不安を洩していたけれど。
「……ま、大丈夫じゃないかな」
 と、閉まっていた側の窓が勢いよく開け放たれ、壁が壊れそうな程激しく揺れた。
戻った筈の高貴で優雅なエルフが念を押そうと仁王立ちしている。
「いいわね! 忘れるんじゃないわよ!」
 叫ぶと同時に再び姿を消す。
どっと疲れを覚えながらセルは、またベランダの柵にもたれ遠くを眺めた。
 ……そういえば、セラも随分苛々してたな。 まあ、大丈夫だろうけど。
「……多分な」
 セルは溜め息をついた。