一一何故だろう。 此処に来る者は皆、声を張り上げる。
ジラークは、次々に状況報告する同胞の姿をみつつ、そんな疑問をふと抱いた。
背後に建つ天経院から、如何にもそれらしい香の匂いが漂ってくる。
古都を占拠したといっても、別に往来を禁じた訳でもなく、ただ外部から
参詣しようとする者だけが足止めを食っている程度の事。
一旦中に入ってしまいさえすれば、後は普段と何も変わらない。 切り立った
岩壁から眼下を一望すれば、古都という呼び名に似合わぬ粗野な雰囲気を
漂わせた町を人々は暢気に歩いている。
もう少し視線を遠くへ向けると、遥か彼方まで深く太古の森が続いている。
やや開けた東にエルフの棲む森があり、テラネもその近辺に位置していたが、
鬱蒼とした森の中、曲がりくねる小道をうろつく者など殆ど皆無に近かった。
この道をディンガル軍はやって来るか。 いや、そんな無謀な真似はすまい。
岩を穿ち設けられた階段を上り、息を切らせてコーンスの若者がやってくる。
一度もごもごと呟いた後、はっと気付き顔を紅潮させ、轟かんばかりに叫んだ。
「聖光石のオーッ!」
自分で自分の声に驚いたのだろう、ちょっと沈黙して、また叫ぶ。
「鉱脈へのっ、調査の件でありますがっ!」
この調子で逐一報告されていると、こちらまでどうかなってしまいそうだ。
しかし表面上は眉ひとつぴくりとも動かさず、ジラークは至って平静な面持ちで
それを聞いていた。
コーンスの若者は額に汗を浮かべ、喋っている。
良い青年じゃないか。 ふとそんな考えが胸の内をよぎった。 余裕など
持っていられる状況ではないのだ。 此の地に向かったのも、僅かな勝機に
賭けた為。 すべてこの調査の結果如何にかかっていた。
だがしかし心はうつろう。 こんな時にさえ。
こんな時だからと云うべきか。
眼前に広がる雄大な風景は、時として容赦ない風を送り込む。
吹き付けられ、思わずよろりと体が揺れると、鳴りを潜めていた不安が頭をもたげ
悠然と佇むことを困難にする。
この青年に限らず、彼がこの地を占拠した事を知り、集まってきた同胞は
何れも顔をてかてかと光らせ、少々内向的で強情でもあり、……そして
大半は武器など持った事もない辺境に住む者たちばかりだった。
彼らの信じ切った目に会う度、ジラークは何ともいえぬ焦燥にかられた。
勝てるのだろうか。 かつて、この場所に立ち、鉱脈の秘密と神聖王国最後の
領土を死守した者がいた。 あの大神官も、攻め寄せるであろうディンガルの
大軍の足音を幻に聞き、何もみえぬ果てに目をこらした事があった筈だ。
だが、堅牢な岩山の町と、素朴なコーンスの若者。 この二つには何かしら、
心を寄せたくなる所があった。
若者は報告を終え、黙って彼の言葉を待っている。
「いい町だ」彼は口を開いた。
「いい町だと思わないか」
しかし若者は、よく聞こえぬとばかりにきょとんとしている。
一一ああ、そうか。 ああ、成る程。
何もない空間に言葉は吸い込まれ、響きという響きをすべて奪ってゆく。
腹に力を込めねば、何かを伝える事すらできない。
「なかなか、良い場所だと、思わないかね、君!」
相手はぽかんと口を開けた後、人のよさそうな顔に曖昧な微笑を浮かべた。
ジラークは頷き、若者が去った後ひとりごちた。
どうやらこの地は、弱気になるのを許してはくれぬらしい。
ただ立つのでさえ、威風堂々とせよという訳だ。