醜く歪んだ形の人造人間が急ぎやって来て、『彼ら』の来襲を告げる。
私は隠す事の出来ない敵意を抱え、そのしゃがれた声の主を見やった。
あの女が作ったヒトでもモンスターでもないもの。
この洞窟の研究所のどこを歩いていても、立ち止まる度、振り返る毎にいつも
あの女の影を感じていた。 その痕跡はいつも私をみろと嘲笑っていた。
身体の中に残る意志は日毎に弱り、漸く聞こえていたかぼそい声も
今ではすっかり途絶えたけれど。
デスギガース、研究所に残された異常な程綿密に書き込まれた資料。
あの几帳面な字を総て黒く塗りつぶせたら。 数々の人造モンスター達を
跡形もなく粉微塵にしてしまえたら。
『彼ら』……とりわけ『彼』の中に残る大事な姉の姿を消せたら。
「しつこいわ、セラ……もういい加減大人になって」
湖の畔であの女によく似ていた弟はその言葉に激昂した……面白かった!
からかえばからかうだけ簡単に餌に食い付き釣り上げられる魚のようで、
いつもでは飽きてしまうけど偶に遊ぶ玩具には丁度いい。
けれど怒る彼の目に浮かぶ彼に似ていた笑顔の主……あれは私の筈なのに。
貴方をからかう私を貴方はみているというのに。
再び見返す目は、雄弁にそれを否定する。 探しているのは違う面影だと。
いつまで覗き込んでも私は貴方の目には映らない。
醜く半端な生き物は私に向い、『彼ら』への方策を訴える。
「うるさいわね」
あの女の残滓など要らない。
「悪い知らせの運び手には相応の結果で報いてあげる」
火の呪文を唱える。 人造人間は霞の如く八方へ飛び散り消え失せた。
再び闇に溶け込む空間。 消えた、消えたんだ……思わずほっとし、息を
つく。 途端、手の平がかっと焼け付くように熱くなるのを感じた。
「これは……!」まだ残っていた精霊の力が、抑える事もできずただただ猛る
炎となって再び燃え上がる。 腕をはいのぼり 幻はじりじりと音をたて
皮膚を縮れさせてゆく。
傷みは身体を貫き、たまらずその場に崩折れた。
サイフォスが助け起こそうと駆け寄ってくる。 大丈夫よと笑おうとして
ふと切なくなり何も言えず傍らの仮面の騎士を見つめる。
(もう魔法は使えない)
その言葉が示す事実から目をそらし、半ば皮肉めいて考える。
剣でも奮えばいいのかしら。 ……『彼ら』や、サイフォスのように。
理由はわかっていた。 円卓の騎士ヴァシュタールとの戦いと、直後に現れた
『彼ら』の追跡を逃れる為、この肉体を消耗しすぎたのだ。
しかも『彼ら』はもう直に此処迄やって来るという。
終わりの時が近付いてくる。 不思議と悲しくはなかった。 もとより
借り物の身体など私にとって憎悪を途切れさせない道具に過ぎない。
全てが終わり、まだこの身体が生きているというのなら、むしろ私自身が
結末を与えよう。 いつも私の中で流れている、凍てついた風と同じ
死の苦しみを、鏡の向こうで笑う影に。 影を追い求める人間達に。
けれどそれは……ひとつだけ残る迷いが躊躇いを生み、躊躇いは心に
影を落とす。 優しくて、温かな腕……いつも私を裏切らない人形。
サイフォスは沈黙を保ったまま、私を支えている。
私の可愛い忠実な玩具、心をなくした仮面の騎士……だった。
気付いていたのよ。
貴方の沈黙はもう虚ろではないから。
気付いているのでしょう?
貴方の全てを奪った者は誰かという事を。
両の腕を彼の背中に廻し、そっと身体を委ねる。
貴方は私を憎んでいいの。 その剣で魂を刺し貫いていいの。
……出来ないのなら、私はもう一度貴方を連れて行ってしまうから。
洞窟のどこかに響いているだろう『彼ら』の足音が、私達の間に
横たわりゆっくりと時を刻んでいる。