たまにはチェスでもどうかしらと水を向けるとロイは、いいねと笑顔で応じ、ややあって

君は強そうだと付け加えた。

別にそんなことはないけれど、といいながら微笑すると、まるで謙遜しているように取れるから、

相手もそうだろう言わなくてもわかっているよと意を得たように頷く。 何だかおかしい。

本当のところは、よくわからなかった。 つい手を止めて、考えこんでしまうから、相手はだんだん

苛立ってくる。 弟などはそのまま、どこかへ逃げてしまうこともあった。

そうなると申し訳ないから、今度は慌てて変な手を指す。  あ、しまった、と思い、何手か戻って

考えて、先ほどはこうでも良かったか、それとも、とまた思案する。

頭の中で膠着していた盤は、相手を得て、全く思わぬ方向へ動きだす。 それがロイなら、

きっと私は安心して、いつ果てるとも知らぬ時を過ごすのだろう。

 では彼女だったら、と考えて、それこそが本意であることに気づく。 私は彼女と

向かい合っていたかった。 対立していたかった。 共存では、顔がみえない。

眠っていては、声がきけない。 誰よりも近くにいるはずなのに、考えるほど、尚一層

寂しさが増してゆく。


 勿論そんなことは、ロイにも、誰にも話していない。 知っているかいないのか、

確かめることさえしなかった。

 あら、でも道具がないわ、と心配になるとロイは「ああ、大丈夫」と立ち上がる。

チェスなんて久しぶりだ、と言うので「私も楽しみ」と答えるとまた目を細めて、部屋を

出ていった。

 前は誰とだったんだろう。 いいや、相手くらいロイなら、いくらでも見つかりそうだった。

あの妹も、案外できるのかもしれない。 それこそセラも、旅の合間に興じていたかも。

それでは、ともうひとりの人に思いを馳せる。

 彼女はロイの事をオモチャだと云っていたが、その言に従うならば彼らの時間はまさしく

誰にも知られぬ密やかな遊戯の時ともいうべきだったろう。

「では、具体的には何をしていたのかしら」と尋ねるとロイは答につまった。

二人とも、さっぱりおぼえていなかった。 秘密は、埋もれたまま時だけ過ぎてゆく。




 彼女の腕を捉えるように、私はロイの肩を抱いている。 彼女の面影が映らないかと探して、

彼の瞳を覗き込む。 でもそれは、とふと考える。

代わりになるのは、彼か、私か。