額の真中でぐりんと大きく自己主張して曲がっていた前髪が、いつの間にか伸びている。
面倒で放置していたが、 さすがに鬱陶しくなり、切ろうとして鋏を取り出した。
鏡をみると地味な女が映っている。 そういえば、魔人の頃はどうしてたんだろう。
そんな事で困った記憶は、全然ない。 伸びないんだろうか。 魔人だから。
いやしかし、体は自分で出来ている。 魔人が弟に向かってこの美しい肉体を斬れるかしら云々と
いったその体は、その美しい肉体は私のものだ。
だから自分は、妖艶にもなれる筈。 あの凄い服も、着ようと思えば着れる筈。
いや無理。
このまま何十年も時が過ぎたら、私、ずっと同じ髪でいたのだろうか。
白髪の目立ってきた魔人。 そんなことはないか。 そこは魔人のすごい魔力で
何かするんだろう。
あるいは魔人の方から、もっと別の若い女探しに出てゆくかもしれない。
それも少し寂しい。 何十年間、隠しに隠された髪が一挙に伸び、きっと私は
魔人にのっとられて精神がぼろぼろになってたりして、見るから衰えさらばえて、
街をあてどもなくさまようのだ。
もう知っている人もいない。 帰る場所もない。
そこへ新しい器を手に入れた魔人が姿を現す。
どんな人でもいいけれど、できればどこかセラに似ていてほしい。
それなら、きっと貴方だってわかるもの。
そんなくだらないことを考えつつ、ざくざく切っていると鏡の奥の扉から
ロイが姿を現した。
ふとみると、向こうも同じ形の前髪をしている。 意外なところでお揃いだ。
そういえば、むしろ髪が伸びなくて助かるのは、自分よりこちらであろう。
仮面の内側にでも入ろうものなら、地獄である。 月光とあわせて
光らせるなんて悠長なことはいってられない。 ちょっともうこの仮面、
うざったいんだけど、脱いでいい?
手をとめて、振り返る。
「……どうした」
「あなたも髪、切る?」