ロストールのギルドは表通りの一角に建っている。 昔からの

町並みの中、空いた土地に無理やりねじこんだようなそれは、

どうにも不格好で、冒険者が数人やってくるともう狭苦しい。





 良い天気だった。  主人は椅子に深々と腰かけて足を組み、

半分壁からはがれかかっている依頼書をその内貼りなおさなきゃなあとか

ぼんやり眺めていたが、やがて誰か入ってくると目を細めた。

「おや」

長い黒髪に変わった装飾の剣が印象的なその男は、まっすぐ

カウンターへと向かってくる。

「珍しいね、仕事を探してるのかい」

「いや」

 セラはそっけなく答えると、用件を切り出した。

「見せてもらいたい本があるのだが」



 仕事をひとつ終えるとソウルポイントを獲得する。 ポイントがたまると

新しいソウルを宿すことができる。 何故かはわからない。

このできる、というのが曲者で、何でもかんでも無計画に宿していると

ソウルの鍛え方はいびつで、どうにもしまらないものになる。

その為か冒険者たちは各地で、様々な先達から何度も似たような助言を

聞かされることになる。 おそらくロストール周辺を移動する者たちなら

一遍はあのドワーフ王国のコーチから何やら言われたに違いない。

 ギルドでは時折駆け出しの冒険者たちが、貰ったばかりのポイントを

どう振り分けてゆくか悩んでいる姿をみかける。 その為に各地のギルドには

必ずソウル一覧やその概要が記されている書物(どこで発行されたかは不明、

エンサイクロペディアと表紙に記されている)が備え付けられている。

セラも今まさにその本をひもといてみようとしていた。 本来そんな駆け出しの

やる事など、と顧みもしなかったが、内心興味もないではなかった。

 もちろん彼も今まで全く気にしなかったわけではない。 が、それほど深刻に

受け止めてはいなかった。  だから昨夜、いつもより尚遅く宿へ戻ってきた

セルが、怯えるように背を丸め、おずおずと「あの、ロウフルブレードって

ソウルについて聞いたんだけど」と言い出した時、妙に新鮮な響きに感じた。

 新しいソウル。 セルはせめてそのスキルだけでも、と勧めてきた。

「たくさん経験がいるから、私には無理だけど、セラならきっと」




 そう言われると、黙殺する訳にも行くまい。 その場はそれでおしまいに

なったが、彼はふと気になってセルに訊ねた。

「一体、どこでそんな話を聞いたんだ」

「そ、それは酒場で……」セルは口ごもる。 その顔がみるみるうちに赤らんだかと

思うと、急に白くなり、しどろもどろに風の噂でとか酒場の人がどうとか、辻褄の

あわない説明を繰り返していた。

 またどこぞの剣狼にでも会ってきたんだろう。 自分には関係のない話だ。

ただまあ、ソウルの話は気になるので、

「ロウフルブレード。 名もなき騎士のソウルか」

 騎士。 忠誠を誓った存在への絶対的な献身。 高貴なる魂。

セラは少し、戸惑いを覚えた。 折角の勧めではあるが、どうにも自分には

似合わないと思う。 いや、誰も彼も宿せるようなものではないだろう。

そんな説明で浮かぶのはたったひとりだ。 白い鎧に身を包んだ快活な男。

自分は神器を守る者だと話していた。 だがその言葉はいつも、セラには

方便のように聞こえた。 あの男が守ろうとしているのは、本当に大事に

思っているのは、もっと別なものに違いない。

「そうか……」

 セルがこのソウルにこだわる意味がわかったような気がした。

おそらく本人も無意識なのだろうが。 

だが自分にはあわない。 せめてスキルだけでも、と言ってたのを思い出し、

ページをめくる。

「マイティブロウはセラらしいし、いかにもセラだなって思うから、だから、

どうしても取り換えたくないのなら、それもすごくわかるし、でも、

そのスキルはとっても役に立つと思うから、だから」

 どれどれ。 デヴィルゲート。 悪魔系の敵を消滅させる送還術。

まあ、使えないことはないな。 もうひとつは、……ホーリーハート。

武器を一時的に聖属性化する。

「なるほど」

 念の為、マイティブロウの説明も開いてみる。

「己の武器を信じ、常に最前線で戦う者のソウル、か」

 つまりセルはこう言っていたのだ。 

ちょっとその使えない剣、どうしても変えないわけ? ああ、あんたの魂だとか

いってるものね、ほんと、たしかにそんな魂だわ。

だったらせめて、使えるスキルくらい覚えてくれないかしら。

全く兄さんや剣狼のゼネテスなら、こんな苦労、全然要らないんだけど。 

「……成程な」