真夜中、何かに衝かれたように起き上がり、狭い打ちつけの寝台の上、どうしようもなく
ただ壁の向こうに広がる闇を凝視する。
胸の内にはこんなことでいいのか、という不安と、焦りとが交錯し、さりとて何を打開できる
方法をみつけられる訳もなく、自分はあまりに無力で。
飛び出したい、どこかへ行きたい、そんなあてのない思いだけがつのるのだ。
だがしかしいや待てよ、と思いなおす。 それもあまりに安直じゃないのか。
なるほど自分は確かに焦っている。 さっぱり兄を探す目途も立ちやしないし、
むしろ何の手がかりもないのにやる事といえば更に何の関係もなさそうな仕事だけ。
出来ないわからない力がないと嘆く前に考えるべきなのだ。 他人に任せちゃいかん。
この前ソリアス像の前でチラシをくれた人もそう言ってた。
となりで寝ている長髪はそんなゴミは捨てとけ、の一点張りだったが、そもそも
この男だって配達仕事なんて下らないと思っているのだ。
というか、そもそもどんな仕事も気に入らないのだ。 一度でいいからみてみたい、
イヤホウウと躍り上がって喜ぶセラの笑顔。
明日になればこの宿を出て、次の町へと手紙を届けに行く。 そうして経験を積み、
旅にも慣れ、時にはちょっとした争いの中したたかにくぐりぬけて一人前の冒険者に
なってゆくのだそうだ。 きれいすぎて、ご立派すぎて、気持ち悪い。
気持ち悪いが、かといって何をどうする訳でもない。 外に飛び出したら、
その内寒くなって腹を減らして帰ってくる。
「ねえ」
向こう側の寝台に横たわる背中は微動だにしない。
「起きてる? そうなんでしょ、ねえったら」
寝息すら立てず。 ぼうと輪郭がわかる薄暗い空間に、自分の声すら
吸い込まれそうだ。
起きた所で何を言うともわからなかったのだが、ただ、どうにも
悔しい気がするのだ。 自分がこんなに悩んでいるのに、何故この男は
そうと知らず寝ているのか。 起きろよ、聞けよ、と構わず揺さぶりたくなるが、
いざ「何だ」と眠そうに不機嫌な声で答えられたらその瞬間
「あ、寝ぼけてました、ごめんなさい」
そそくさと寝台にもぐりこむ自分の姿もみえるようで、自然、かける声も
どこか中途半端な響きになる。
いや、そうじゃない。 セラを起こすのに迷っている訳じゃないのだ。
今悩んでいるのは別の事。 兄を探すとか、そんな感じの。
しかしあれだ、自分は本当に真剣に悩んでいるのか。 どうにも、
雲をつかむようなあやふやさがつきまとう。 眠いし。
いや眠いとか言ってる場合ではないだろう! 確かにそんな場合ではないが、
だから、結局、私はどこへ行こうとしている。
……やっと、寝たのか。
セラは注意深く背後を確かめながら、ゆっくりと起き上った。
音もなく寝台を出て、窓辺へと歩み寄る。 階下の酒場に灯りはみえたが、
もう道端には誰の姿もみえなかった。
欠けた月。 もう幾日かでまた新月がくる。 地平線すれすれの、赤い月をみながら
その時何を考えていた。 今と何も変わりはしない。
無性に何かを殴りたくなって、ようやく押しとどめる。
……起こしては、厄介だ。