朝と思惑。

朝と思惑


「陛下―、朝です。そろそろ起きて下さい、陛下―。」
「……。」
「陛下―…。」



朝、というにはほんの少し時間も遅く太陽は高く室内の窓から覗いている。ガイは今、そんな時刻にあるにも関わらず一向に起きようともしない主人を、まさに起こしに掛かっている所だった。一国の長であるこの男、どういう訳か相当寝起きが悪い。…というより寧ろ、寝汚いと言った方が正しいのだろうか。


「ジェイド、どうする?もう十分後に会議だぜ?」
「そうですねぇ…。」



実の所、こうしてガイが起こしに来たのは『会議が始まるのに陛下が目を覚まさない』と、メイドがブウサギの世話をしにきた筈のガイに泣きついたからだ。
実際はメイドの存在を避けようとしてテーブルを迂回していた所に叫ばれた訳だが。

……では何故ジェイドまで此処にいるかと言うと、ガイがそうしてメイドに頼まれ寝室へ足を踏み入れた約一分後にたまたま書類を届けに来た彼も、同様にメイドに言われたらしい。


しかしだからこそ、ガイは今もこうして余裕もって行動出来ている。ジェイドならきっと直ぐにどうにかしてくれるだろう、と存外に他人任せな思いがあるからだ。

「ではこうしましょう。」「…へ?」



そんな此方の思惑に気付いてか気付いてないのか、嫌に朱色の瞳を細めてみせたジェイドが笑う。

……その笑い方、ロクな事無いんだよ。



「キスでもしてあげたら良いんじゃないですか?」
「…誰が、誰に。」
「ガイが、私に。」
「こらぁジェイド!そこはそうじゃないだろ!」
「陛下ぁ!?」



ほらどうぞ、なんて言わんばかりにこの男しゃあしゃあと言いやがった。
しかしそれよりもつい先程まで無反応だった寝ている筈の皇帝が、急に飛び起きた事の方が驚きだ。しかも明らかに寝起きな雰囲気では無い。



「これはこれは、狸寝入りとは感心しませんね、陛下。」
「ジェイド!あんた分かってたんだろ!」
「えぇ勿論。」
「ガイラルディア、お前そんな陰険にキスする事ないからな!」
「しませんから!」


何なんだこのおっさん共!

いつの間にかベッドから降りたおっさんについては何故か悔しそうな声で騒ぎ立てて俺を背後から抱き寄せる。ずっとベッドに入ってた所為か、彼の身体はいつもより温かい。



「良かったじゃないですか、ガイ。結果的にはこうして陛下も起きて下さったんですし。あ、因みに会議まで後三分です。」
「ッ、遅刻ですよ陛下!」

何かしらしてくれると思っていたがやっぱり一筋縄ではいかないジェイド、しかしそれでも当初の目的通りに陛下を起こさせたのは流石といった所だろうか。だがそんなのんびり感心している場合じゃない、完全にこのままじゃ間に合わない。そう思って後ろを振り向いた先。



「うぉわぁあ!!な、えっ、はだか!?」
「気付くの遅いなー。」
「本能が拒んでいたんじゃないですか?」



寝る時全裸なのかよこの皇帝!皇帝たるものいつ何時何が起ころうとも咄嗟に行動できる様に、こう最低限の準備って物があるのではないか。ジェイドはさも当然の様に受け止めている、絶対知ってたな、くそ。


「ジェイド、お前本当に可愛くないぞ。」
「お褒めの言葉有難うございます。」
「のんびり会話してないでさっさと服を着てください!!」
「ガイラルディアー、おはようのチューは?」
「…は?」
「だから、チュー。」








その時、きっと俺の中の忍耐の限界が瓦解したんだと思う。

「良いから服着て会議でろこの裸族男―――――ッ!」







其の日、皇帝は結局会議に10分以上遅刻し、青年貴族は会議の終った後縋り付いて来た皇帝を一蹴し、例の軍人は「キス出来なくて残念でしたねぇ、陛下」などと言って落ち込む皇帝に更に追い討ちをかけていたとか何とか。