海はたゆたい我が身を攫う。

海はたゆたい我が身を攫う





海に半身を晒すこの帝都は常に波や水の音が絶えず耳に入ってくる。ガイラルディアは元々島の出だったのでそれは酷く、心地よかった。



何気ない買い物の帰り道、唯何となく海がとても見たくなって別に用も無いのに港へと足を運んだ。いつもそこにいる兵士に軽く会釈するのはもう癖になっている。




あぁ、今日も波は穏やかだ。




滅多に荒れる事の無い港の海は大抵物静かに営んでいた。ガイラルディアはほぼ規則的に打ち寄せる波打ち際のコンクリートに両足を揃える。
下を見れば白い飛沫が幾度も重なっては消えて、水音をたて、前を見れば荘厳な気高い外壁と畝をつくる海が見える。海水の色は鮮やかに澄んでいて、遥か彼方の水平線の向こうで空と海は繋がっていた。



「……。」



透き通る、深い蒼。
この色を自分は良く知っている。それは幼き頃を島で過ごしたのとは別に、つい最近知り得たのだ。


その瞳の色は海の底の様に深く息づき、時に手が付けられない程に荒れ、時に凪を生む様に気紛れだ。彼自身もまた絶えず波を広く広くうねらせるのに、その実生命という生命を全て包んでしまいそうなくらい穏やかで、まるで帝都を守る海そのものの様だった。そしてさも当然の如くその身に太陽を持っている。完璧な一つの世界だ。

このまま一歩でも踏み出そうものならばガイラルディアは間違いなく波に動きを奪われてしまう、と思った。泳げない訳でも、ましてや自殺願望がある訳でもない。それでも確信めいてそう思ってしまったのだ。この、目下にある広大なそれの、だけに対してではなく。




ピオニー。




あの人の海に一歩でも沈んでしまえばもう。


あぁでも自分は既に手遅れだ。こんなにもその水はこの身に浸透し波は全ての自由を奪い、こんなにも……あぁそうだこんなにも自分を攫っていった。







ガイラルディアは思わず小さく笑った、自ら望んだ事だと。










end