年上の彼。
現代パロ、ガイが女子設定(一応)注意。
休み時間、ざわめく教室。席を離れ散った生徒達は各々好き勝手に談話している。10分休憩だからか動くに動けずほぼ教室にいる、そんな中ガイは自分の席で同じクラスのナタリアとルークに囲まれて、他愛ない話をしていた。
「なぁガイ~、次の授業化学だよな?…宿題…見せてくれよ。」
「まぁルーク!やってないんですの?ちゃんと自分でやらねば駄目ですわ。」
「そうだぜルーク、お前この前も見せてやったよな?いい加減自分でやってこいよ。」
「マジ、次からはちゃんとやるからさ、な?今回だけ!」
「何回目だよ、その台詞…。」
呆れて肩を竦めて見せれば、赤毛の少年は申し訳なさそうにしかし何処か反省もしていなさそうな無邪気な笑みを浮かべて両手を顔面で合わせて小首を傾ぐ。ガイは何かと面倒見の良い女子で、何だかんだでこの仕草に負けてしまうのも常の事である。小さな溜息と共に机の中から整理された薄青が表紙のノートを一冊取り出して机の上に出してやると、ルークはすぐさまサンキュー!といってそれに飛びついた。
お前は何処の犬だ、しかも餌に飢えている。
心中思って、言葉には出さない。出してしまえば気分やなこの少年が気分を害すのは目に見えているからだ。
そのやり取りを半ば狂信的に眺める、教室の人間にガイは気付かない。その周りにいるルークも、ナタリアも、一種の天然要素が組み込まれている為に、同じく気付かない。
スタイル抜群成績良好、性格もやや男気のある口調という事さえ霞めてみせる程魅力的なもので実はクラスとは言わず全校生徒に人気を密かに博しているガイなのだが、悲しきかな当人はそういった話を聞こうとも「冗談だろ。」と一蹴してみせるに終わる程天然だった。
否、超天然。
なので未だそういった恋愛面に関して全く未知の世界である彼女に、告白したくても出来ない哀れな男は数知れない。告白した所で「彼氏います。」などと言われた日には最早太陽に向かって吼える、所か泣き叫ぶ末路が待っている。だから皆最初の犠牲者にはなりたくないし、かといって栄光を掴む可能性も低いという何とも出口の見えない迷路に佇むしかないのだ。
良く一緒に行動しているルークは実際の所ガイとお付き合いしているのではないかという噂も一時実しやかに流れたぐらいだったが、
その件に関してはルークもガイも二人して全否定したので解決済みだ。
そんなこんなで、まるで太陽の様だと些か行き過ぎた賛美を本人の与り知らぬ所で浴びてほぼ全校生徒の注目を集めているガイであったが……
「…?」
ふといくら鈍い彼女であっても、騒然としていた教室が急に静かになると不思議そうに辺りを見渡した。
「ガイ…。」
「ん?」
すると目の前でつい先程まで幼馴染のルークへなにやら説教垂れていたナタリアが、此方を見て意味有り気に教室の方を指している。
「……。」
その指先が示す透明な軌跡を辿る様に、ゆっくりと首を回して視線と移していくと……
「よぉ。」
「…ピッ、ピオニーさん!?」
半分程開いた扉の間から重心をやや傾けて立つ一人の人物に、思わずガイは勢い良く席を立ち上がった。明らかに学生では無い大人の男が何故此処に!などとは言えず驚きに半ば慌ててしまいつつも何が嬉しいのか爽やかに笑みを湛える男の許へ駆け寄ると、一層教室は静けさを増す。内心ガイはその恐ろしく異様な空気を醸し出す場に気が気で無かったが、かといってこの目の前の男を放っておく訳にもいかない。
「どうしたんですか、急に……。」
「ほら、お前自分で作っといて忘れてったろ、弁当。」
「あ…。」
何と無くでは収まらない程に視線を背中に感じ、一先ず廊下へ出ようと試みるが何故かピオニーが行く手を阻んで出られない。何か意図を感じずにはいられなかったが、早々とそれは諦めて紺碧の瞳を見上げるとその片手に提げられていた赤い弁当箱の入った袋が目に入る。
しまった、作り終わった後机の上に置きっぱなしで来ちゃったんだ、とガイは思い出す。
「わざわざすみません…、って仕事は?」
「あぁ、それならジェイドに押し付けてる。」
酷く遠いという事でもないが、ここまで足を運ばせてしまった事が申し訳ない。両手を差し出せば、その上にそっと袋が置かれる。しかしいくら幼馴染で親友だからといって何でもかんでもあの男に押し付けるのはいかがなものか。そう思っても今回は自分に非があるから言う事も出来ない。
あぁジェイド、ごめん。心の中で色素の薄い、嫌味が十八番の人物を思い浮かべて謝罪する。後で何か文句言われるかもしれないから、お礼に彼が以前好きだと聞いたアールグレイの葉でも買って帰ろう。
「用はこれだけですよね?本当にすみません…有難うございました。」
「おー、気にすんな。帰ってチューでもして御礼をしてくれても良いんだぞ?」
「チュー!?」
ピオニーの声の下突如ルークの甲高い大声が鼓膜を刺す。オイコラ声がデカイぞルーク、っていうか
「何言ってるんですか!」
分かってるのかそうでないのか、公衆面前でそういう事を言わないで欲しいと言わんばかりに言い返す。
まずい、非常にまずい。ガイは一人で焦っていた。
それというのも、今の今まで敢えて秘密にしてきたものが現在全て暴かれてしまう可能性が非常に高いからだ。
“恋人”、その存在をどうにかこうにか隠し通してきたのに…!
「そんなムキになることないだろ。何だ、恥ずかしいのか?いつもやっ」
「うわーーー!」
マジで本気で何言い出すんだこの男。あぁもうとにかく早急に帰すに限ると、やや遅すぎる判断をしたガイは弁当を一先ず左手に非難させると右手でピオニーのさり気なく逞しい胸元を強めに押す。
「おっと、……ふむ。そうかそうか。」
しかし此方の気を多分に察しているにも関わらず男は帰る所か何やら楽しげに頷いている。右手の効果はどうやら全く無いようだ。
そうして、不意に。
「……ッ!」
彼の長い金糸が垂れて此方の肩にかかったかと思うと、急に頬に柔らかな感触。それが何か分かるのは一瞬だった。
「…じゃあな。」
「…ピ…!」
先までぴくりとも動かなかった彼の身体は何か意味深な笑顔を携えて一言言うと、何事も無かったかの様に帰ってしまった。一人扉の前に立ち尽くす事のなんという侘しさか。
そしてルーク、出来ればここでさっきのバカデカイ声を発して欲しかった。
……願うけど、叶わず。
物音一つたたない空間にガイは居た堪れない、更には後ろも振り向けない。
ところで、何故ガイは恋愛に関して秘密主義を通してきたのかを説明すると、要は周りに色々言われたり恋愛話をするのが恥ずかしいという中々どうして青臭い理由だったりするのだが、こんな風にバレるくらいだったら自分からバラした方が何千倍と良かったと酷く後悔し始めているのが悲しき現実だった。
「…ガイ、詳しく話してもらいますわよ?」
後ろからそっと聞こえた芯の強い声にガイは頷くしかなかった。
それでもって恨み言を一つ。
「絶対チューなんかしてやるもんか。」
end.